第2話 流れる車窓

電車の窓は換気の為にか少し開かれ、その隙間から心地よい風が車内に流れ込んでいた。


老人は車窓から見える『アメヤ横丁』の風景をぼんやりと見つめている。


真理はそんな老人にそっと話しかける。


「すみません、私達も神田に行くのですが、えっと………」


そこで話につまる真理に老人は視線をそっとずらすと、


「ん?ああ、私の名前は佐藤だ…それで?」


そう聞き返してくれた。

真理は軽く会釈してから


「はい、あの佐藤さんは神田はお詳しいのですか?」


真理がゆっくりとたずねると、佐藤と名乗った老人は自信満々に


「ああ、私はその先にあるホテルで働いていたからね。ある程度の地理は把握しているよ。貴女も……」


そこで真理と同じく言葉につまる佐藤老人に真理は


「あ、私も佐藤です。」


そう答えると老人は再び目を大きく見開いて


「ん?そうか、同じ名字……まぁ佐藤なんてそう珍しくもないがこうして知り合ったのもなにかの縁だ、知っていることなら何でもこたえるよ」


そう言って、嬉しそうに真理を見つめる。

すると真理は遠慮がちに


「あ、ありがとうございます。あの、神田にある大きな病院に……」


そう真理が口にすると佐藤老人は再び驚いた様子で話をはじめる


「病院?…もしかして四井病かな?それなら本当に奇遇だな。私もどうやらそこへ行く予定らしい。」


「はい、あの…」


「ん?ああ、予定らしいと言うのは…私もほら、みての通り歳をとっていてね、最近物忘れが酷いのだよ。だからこうしてその日の予定を手帳に書いているのだよ。ま、それもあってか、どうしても自分の予定に関する事で発する言葉にらしいとか、確かとかつける…そんな具合なのだよ。」


そう言って佐藤老人は静かに笑う。

座席にちょこんと座らされている蒼衣は、母とお爺さんをなんだか不安気に見比べている。

佐藤老人はそんな蒼衣の様子を見てニッコリと微笑むと、


「ではお嬢さん、私がママとお嬢さんを病院まで御案内致しましょう。そんな不安な顔をしなくても大丈夫だからね。」


「いや、でも…」


「大丈夫、さっきも言ったように私は神田で働いていたからね、地理だけには自信があるから任せておきなさい。自信が無いのは最近の記憶だけなのだから」


そう言って蒼衣にウインクしてみせる。

蒼衣はぎこちなく笑うと、「うん」と軽く頭を下げる。


娘と佐藤老人のやり取りを見ていた真理は、


「ではお願いいたします。あ、次の駅ですね」


車内アナウンスが『次は神田、神田』と告げている。

蒼衣が真理を手招きして、こっそりと耳打ちをする。

『ねえ、ママおじいちゃん大丈夫?』


そう告げた娘の表情は不安そうだ。


真理は優しく微笑み、

『大丈夫よ。おじいちゃんに着いていきましょう』

そう娘に耳打ちする。

駅へついたのを確認すると、佐藤老人の後をついて神田駅へと降り立ち小声で呟く


『ではお願いいたします。お義父さん』

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親切な老人 業 藍衣 @karumaaoi

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