第18話 入学式 (後編)
「正直言って学校に持っていけるものなんて限られてるわよ? アクセサリーなんかも禁止だし」
妹のルツに渡す入学祝をアリアに探してもらっていた。聞く話によると、魔法訓練学校にはかなり厳しい規則があるらしい。何かいい案はないだろうか。
「やっぱり使えるものと言ったらペンとかノートかな」
「村の人からたくさん貰ってた」
村を出るときたくさんのプレゼントを受け取ったが、ペンやノートはかなり量があったのでこの先しばらくは困らないだろう。みんな考える事は同じのようだ。
「そうよねー」
アリアは頭の中を巡らしているように見える。学生時代を思い出していそうだった。しばらくすると、アリアが何かを持って来て机に置いた。
「これは?」
机の上には小さなぬいぐるみと薄いピンク色の魔石が置かれた。ぬいぐるみは何の変哲もなさそうだ。プレゼントには最適に見える。魔石の方は、普段触る物と何か違いがあるのだろうか。
「これはかなり希少な物よ。こっちをルツちゃんにあげて部屋にでも飾ってもらうと良いわ。魔石はアグリが肌身離さず持っていて」
「何か効果があるの?」
そう聞くとアリアは言葉を選ぶように考えてから口を開いた。
「直接的な効果はないわ。でも、いつかきっとルツちゃんの助けになる時が来ると思うの」
「分かった。ルツの助けになるって言うならそれをあげたい、いくらなの?」
「ちなみに今いくら持ってる?」
鞄の中に入った財布を確認する。
「500カポはある」
「足りない」
「えっ……」
「少し値引いてあげてもいいけど、3000カポは欲しいところね」
それを聞いた俺は椅子から立ち上がり、アリアの前に行き膝をついた。
「な、何よ」
「つけといてください」
深々と頭を下げ、床に頭を付ける。
「ちょっと、止めてよ。私がお金取ってるみたいじゃない」
アリアに全力でお願いしていると店の扉が開く。
「アリアちゃんこんにちは。魔石を貰いに来た……のだ……けれど……」
おそらくお客さんの女性が俺たちと目が合った。すると目を丸くして気まずそうにした。
「ま、また来るわね」
あははと苦笑いを浮かべながら店を出て行った。
アリアは「あぁ……」とうめき声を漏らした。
「貸しだからね、責任取って私に仕えなさい!」
「ありがとうございます!!!」
アリアは面倒見が良くて、最後にはお願いを聞いてくれるのだ。今回の件でしばらく口答えできなくなりそうだが……。
アリアはぬいぐるみを丁寧にラッピングしてくれた。可愛い包み紙と紙袋にリボンを付けてくれた。きっと喜んでくれる。
「それで? どうやって渡すの?」
「アリアと一緒に行って、学校に入れてもらう。それからアリアが何とかしてルツを探して渡すって作戦はどう?」
「作戦もなにも、私頼りじゃない!」
「一生アリアのお手伝いをさせていただきます」
アリアは顎に指を当ててニヤリを笑った。
「よろしい、準備するから待ってて」
そう言うと、部屋の中に居るであろう母へと、大きな声で呼びかけた。
「お母さん、ちょっと店開けるからお願いー」
すると「はーい」と奥から聞こえ、アリアはどたどたと二階に上がっていった。
「はぐれないでよ、一応今は保護者なんだから」
「お手をどうぞ」
「こっちのセリフ」
責任感が強いアリアはがっちりと俺の手を握った。その手はどこか母にも似た優しい温もりだ。
「正直私も入れるか分からないわよ」
「えぇー」
「なんとか力は尽くしてみるわ」
「よろしくお願いします、アリアお姉さま」
「調子に乗るな」
肩をぶつけてきたアリアは、それでも笑っていた。
学校への道のりは楽しいそのものだったが、寄り道しそうになる俺を止めようとするアリアは、少し大変そうだった。
「お肉!」
「だめです!」
しばらく歩いていると、道の先に白い建物が見えてきた。
「おぉ、でっかい」
この世界に来てこんな大きい建物を見たのは初めてだ。木製の建物だが、いい味が出ていて歴史のある建物って感じだ。門の中では入学式が終わったのか、たくさんの人が校内を行き来していた。すごい人だ。
「待ってて、話してくるわ」
アリアは歩き出し門の手前にある小さな建物の前に立った。中の人に手帳の様なものを見せて話している。しばらく話し込みこっちを見た。なんだか断られている雰囲気だ。
「ごめんなさい、だめだったわ。今日は人も多いし出直しましょ」
「そっか、残念」
アリアがだめならどう足掻いても無理な事は誰にでも分かる。俺がどうこう言える立場ではないので、素直に引き下がった。
アリアと校舎に背を向ける。
「アリア!? アリアでしょ?」
校内から声が聞こえ振り向くと、一人の女性が立っていた。髪が長くいかにもベテランの雰囲気が漂っている。アリアが女性に気付くと「先生」と声を上げた。
「久しぶりね、元気にしてた?」
「はい、おかげ様で。先生もお元気そうでなによりです」
「なんで学校に?」
アリアはそれを聞き先生に事情を話した。先生は悩むように「んー」と声を出しアリアの言葉を聞いていた。それから先生は俺の方を見てにこっと微笑みを向けた。
「良いわ、特別に許可します」
「本当ですか!? ありがとうございます。アグリ、校長先生が良いって言ってくれたわ」
何とか許可が下りたみたいだ。って、校長先生!?
「アグリこっち」
アリアに手招きされ門の前に立った。
「魔法訓練学校校長のシャーロット先生よ。特別に許可をくれたわ、お礼を言いなさい」
「ルツの兄のアグリです。今日はわがまま聞いてくれて、ありがとうござうます」
「アグリ君、よろしくね」
挨拶を終え、先生が校内を紹介しながら歩いてくれた。校内は広々していてたくさんの教室があった。ひと際目立っていたのは分厚い壁に覆われた教室だ。
「先生ここの部屋は他とは違いますね?」
「よく気が付いたわね。ここは魔法の実技練習をするところよ。ちなみに奥側の壁に穴が開いてるの見える?」
先生が指さす方向にある物。それは分厚い壁が大きくへこみ、穴も開いている。頑丈に作ってあるはずの壁がなぜこんなに。
「けっこう大きいですね。直さないんですか?」
「アリアがクラスの子と喧嘩して開けた穴よ」
「ちょ、先生! 変な事言わないでください。あれは本当に反省してるんですから」
先生は上品に笑った。
「あの頃と比べてすっかりお姉ちゃんになったわね」
「アリアってそんなにおてんばだったんですか?」
「そうよ、他には……」
「先生! その話は良いですから! 行きましょう!」
アリアは顔を真っ赤にして俺たちの背中を押した。
「アリアの学生時代聞きたいー」
「絶対いや!!!」
そんなこんなで校長室に着いた。豪華とはお世辞にも言えない質素な部屋だが、誰かの名前が記された表彰状が、何枚も飾られていた。
「ルツさんが今どこにいるか分からないから呼び出すわね」
入学式が終わってホッとしているであろう時間帯。そんな状況で校長室に呼ばれるとは、なかなか心臓に悪いだろうと思いながらもお願いした。多分緊張して来るだろうな。
校舎全体に先生の声が響き渡った。これも魔法なのだろうか。電気も使わずこんなことが出来るなんてすごいな。
しばらくするとコンコンと校長室のドアが鳴り、校長先生が「どうぞ」と言う。
「失礼します。校長先生、一年のルツ……、えぇ!? お兄ちゃん!?」
「ルツ! 久しぶりだな! 元気だったか? 学校はうまくやってるか!?」
「朝、別れたところでしょうが!」
ルツから引き離すようにアリアに引っ張られた。
「アリアお姉ちゃんも……、どうして?」
アリアはルツの前に立ち、身を落とした。それから経緯を説明し俺からプレゼントがあることを伝えた。
「プレゼント?」
「アリアが探してくれたんだ。部屋にでも飾っておくと言い」
ルツは可愛く包まれた紙を丁寧に剥がしぬいぐるみを出した。
「可愛い! うれしい、大事にするね」
「あのー校長先生……、これを寮に持ち込む許可をー」
「そのくらい自由にしてもらって大丈夫よ」
「だって、ルツ! 良かったな!」
そうして俺たちは少しの時間話して、今度こそ別れの時が来た。
「ルツ、あんまり邪魔も出来ないからそろそろ行くよ」
「うん、来てくれてありがとう、プレゼントも。少し安心した」
「またすぐ会えるさ」
「ルツちゃん、何かあったら頼りないお兄ちゃんより私に相談に来るといいわ、何でも力になるわ」
「うん! そうする」
その後ルツは校長先生に促せれ自分の教室に戻っていった。ルツの活躍を心の底から祈ろう。
「先生、今日は無理を聞いてくださりありがとうございました」
アリアは「ほら、アグリも」と言われ頭を下げた。
「ありがとうございました」
「良いのよ、アリアの成長が見られて良かったわ」
アリアの顔が赤いのを確認した。本当に学生時代が気になる物だ。
「校長先生、ルツをどうか宜しくお願いします。あいつ、弱さを人に見せない所があるので無理しちゃうんです。どうか見てやってください」
「分かったわ、安心して任せてちょうだい」
学校を出てしばらくアリアと歩いた。今日のことでもうアリアに返しきれない恩を貰った。
「ありがとう、本当に」
「何よ改まって」
「アリアが居たから、ルツもこれから頑張れそうだったから」
「ならこれからずっと感謝しなさい」
アリアは上機嫌だ。
「壁の穴見に行こう」
「ちょ、それ言ったら怒るからね!」
そろそろ母と約束した時間だった。アリアの店に変えるよりもここで別れた方だ近そうだ。
「俺こっちから行くね、近いし」
「そうね、遅れないようにね」
「ありがとう!」
「ルツの魔石無くさず持ってるのよ! 変化があったらすぐに見せに来なさい!」
「分かったー!!!」
そう言ってアリアと別れ、待ち合わせの場所に走った。
無事約束通り父と母と馬車に乗ることができた。帰り道ルツの挨拶が完ぺきだったことを聞いて安心し嬉しかった。やれば出来るじゃん。
「アグリは今日どこ行ってたんだ? 楽しかったか?」
「ひーみーつー。でも楽しかったよ」
「アリアちゃんのとこでしょ」
ギクッ!っと音が鳴ったかと思える程、体が跳ね上がる。
「行ってないもん」
「嘘、書いてあるわよ顔に」
「うっ……」
「アグリはアリアの事好きだもんな」
「そんなんじゃないし!!!」
母はどこの世界でも畏ろしい存在だ。なんで見てもないのに分かるんだ。母という存在にはいつになっても敵いそうにない。
俺は家に帰り今日あった事をすぐにノートに書いていった。
「あっ、もうすぐ最後のページだ。買ってこなきゃ」
もったいないからと小さな字で簡潔に書いていたが何年も書いたからそろそろ二冊目に行きそうだ。パラパラとページをめくった。
「農業のノートってより家族とか友達の思い出ノートになりそうだな」
「アグリー、ご飯手伝ってー」
「はーい」
俺はたくさんの経験を思い出しながらノートを閉じた。
ルツが居なくなって初めてのご飯は、やっぱり少し寂しかった。
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