少年期
第17話 入学式 (前編)
「お兄ちゃん、どうかな? 変じゃない?」
スカートをひらひらさせて照れくさそうに俺をのぞき込むのは、六歳になった妹のルツだ。学校から支給された制服をビシッと着こなし、入学式への準備を整えていた。
「うん、すごく似合ってるよ」
妹の成長を間近に見てきた俺は、すでに泣きそうになっている。もうあと数時間で離ればなれになってしまう。出来るならこのままこの家で一緒に居たい。
「緊張してる?」
「少し……」
ルツはこれから学校の入学式に行き、それが終われば寮に向かう。これからは一人で生活していかなければならないのだ。たまには会いに来られるとは言うものの、寂しい思いがあふれ出すのは仕方がないだろう。
「ルツならきっと大丈夫だ。なんせ新入生代表に選ばれたんだからな。自信持って行ってこい。しっかり見てるから」
「うん!」
「あら、アグリは留守番よ?」
「え?」
母によると、学校に入れるのは両親だけらしい。もっと早く言ってくれよ……。普通に準備していた。
「学校には行かないから付いてっちゃだめ?」
「それでも良いなら構わないけど」
なら行く。絶対に行こう。ちょうどルツに入学祝いを買ってやろうと思っていたのだ。ちょうどいい。その後、家族四人で朝食を食べ家を出た。
村のみんなが家に来ていてルツに声をかけていた。みんな応援しているのだ。兄としても誇らしい。俺たち家族は、みんなに手を振り入学式に向かった。
馬車の中ではルツが紙を見ながらぶつぶつと呟いている。入学式で演台に立ってする挨拶の練習をしているようだ。
「そう気負うなよ。気楽にいこうぜ」
「うん、でもどうしても緊張して……、何かいい方法ない?」
そうだなと俺は首を傾ける。
「ルツは何で緊張してるんだ?」
「んー、こんなこと初めてだし、失敗したらどうしようとか思ちゃう」
「失敗したら怒られるか?」
「怒られる事はないかもだけど……」
「ルツ、誰もルツの敵じゃないよ。もちろん、首席で凄い子ってプレッシャーもあるだろうけど、失敗を笑ってやろうなんて思ってる人はいないよ」
「でも、悔いが残るかも」
「そうだな、いろいろ考えちゃうな。でも悔いが残るか残らなないかは、今は考えなくて良いんじゃないか? もし残ったとしても次に活かしたらいいよ」
「うん……」
「それに、俺も父さんも母さんも、ルツが時間をかけて準備して、たくさん練習してたことも知ってる。だから、胸張って行ってこい! ルツなら大丈夫だ」
それからの道中、ルツの気を紛らわすために意味もない雑談をして過ごした。ルツの笑顔が少し増えたみたいで安心したが、別れの時が近づくにつれ俺の方が寂しく感じた。時間が止まってほしい、やっぱり離れたくない。学校に対していいイメージを持たない俺は、どうしてもそんな事を考えてしまう。
「アグリ、帰りはこれで帰るから早めにここまで来なさいね。置いてくわよ」
三人分が往復するお金をすでに払っていたので、本当に置いていくつもりだろう。「はーい」と軽く返し馬車を降りた。
「じゃ、俺はこっちに用があるからここで」
ルツと握手をして抱きしめた。
「まぁ、頑張るなよ。無理もしなくて良い。ただ……、なんでもルツのやりたいこと、楽しいと思うこと、頑張りたいと思ったことを見つけたらそれを本気で頑張りな。それを俺は全力で応援する」
「ありがとう」
俺は「うん」と返し背中を押した。
手を振りながら背を向けたルツは、いつもとは違う印象の父さんと母さんの手を握り歩き出した。
「お父さんとお母さん、あんなにいい服持ってたんだ」
今はまだ小さな背中だが、これからさまざまな経験をして強くたくましく、大きな背中に、みんなから頼られる魔法使いになるんだろう。ルツならきっと大丈夫、なんせ俺の妹だからな。
「困ったら、アリアに頼ろう」
俺は謎の自信を胸に歩き出した。
俺は小腹がすいて市場に来ていた。昔食べたかったがお金が無くて諦めていた、肉が串にささっている焼き鳥の様な食べ物を店の前で待っている。
みんなで蒔いた大豆が大成功し、枝豆と大豆をここ数年出荷して売りまくった。市販の肥料も少し買って葉っぱ物の野菜も出荷し、少しづつ貯えが増えてきているのだ。もちろん採れた野菜の一部はミルさんに寄付している。
「おぉ、これは美味い」
この得体の知れない肉。柔らかくはないが、嚙み千切ると甘みが増した。その上、この香ばしく甘辛いタレがさらに食欲をそそる。
「おじさん、もう3本ちょうだい!」
追加で買って食べながら歩いていると、美味しそうな甘い香りがした。香りに誘われて店に行くと可愛い包み紙に入れられたクッキーが並んでいた。
「お姉さん、これは何?」
「麦を使ったクッキーよ。甘さも控えめだから甘いのが苦手の人にも人気なの」
「麦ってここでは有名?」
「そうね。有名って程ではないけれど。お米より安く手に入るから人気はあると思うわ」
麦か。米より比較的簡単に作れるイメージだが。米の前に作ってみてもいいかもしれない。
「ありがとう。これ3つください」
お姉さんは「ありがとう」と笑顔を見せ、これまた可愛い紙袋にクッキーを入れた。
お土産を買い向かう先はやっぱりアリアのお店だ。
「こんにちはー」と勢い良く扉を開けると、店内にいた二人がこちらを見た。
「アグリ!?」
「何? そんな驚いて」
よく見ると店内にいたもう一人は、アリアと同じくらいの年で顔立ちが整っている青年だった。いわゆるイケメンってやつだ。ブラウンの髪が扉からの風で揺れた。
「おや、可愛いお客さんだ。邪魔しちゃいけないから僕は帰るね」
そうアリアに別れの言葉を告げ、店を出て行った。お客さんではなさそうだけど、まさか……!
「アリアの彼氏?」
「違うわよ!」
「幼馴染のブロードよ。家が近くでよく来るのよ。あっちは好いてくれてるみたいだけど……」
「何か言った?」
「何でもない。それよりよくそのお肉食べられるわね」
「嫌いなの? 美味しいけど」
「味じゃないわ。何の肉か知ってるの?」
「知らない。美味しいから何でもいい」
アリアは「はぁ」と大きくため息をついて頭を抱える。
「まぁ、知らない方が良いこともあるわね」
「アリアにも買ってきたのに食べないの?」
「悪いけど私は要らないわ、そっちの可愛い袋は何?」
アリアにあげるはずだった肉をかじりながらクッキーを渡す。
「あへふひひほ」
「飲み込んでから喋りなさいよ」
「食べていいよ」
アリアが、受け取った袋からクッキーを取り出すと先ほどとは打って変わって目が輝き出した。
「おぉ、美味しそうね。少し安心したわ。アグリがまともな人で」
「悪口?」
「褒めてるの」
アリアは「お茶淹れてくるわ」と部屋に入っていった。
しばらくすると、お茶が入ったポットとカップを持って来て、俺にも淹れてくれた。ルツと同じ魔法使いのアリアに俺は入学式に行けない不満をもらす。
「入学式ってなんで親しか入れないの?」
二人でクッキーを食べながら訓練学校について教えてもらっていた。
「いろいろと規則が厳しいのよ、大人が決めた事だからどうにもできないわ」
「首席で入学ってすごい事?」
「すごいってものじゃないわ。エリート中のエリートよ。なろうと思ってなれる物じゃないわ」
「じゃあ、アリアよりルツの方がエリートって事か」
「誰がサポートしてあげたと思ってんの」
立ち上がりベシっとアリアの中指が俺のおでこに跳ねた。
「いてっ」
正直アリアには頭が上がらない。ルツは物心がつくとほぼ毎週アリアの店に通った。魔法の何たるかを教わったのだ。そのおかげもあって、入学前の適正試験で人より数倍のスコアで入学することになったのだ。
「どんな魔法使いになるのか楽しみだな」
アリアは少し下を向いて呟いた。
「そうね。でもルツには誰も経験した事がない、辛い事が待っているかもしれない」
「どういうこと?」
「いや、でもきっとルツちゃんなら乗り越えられるわ。私が育てた自慢の後輩だもん」
よく分からないが、アリアが大丈夫って言うなら大丈夫なんだろう。妹を心から信じるのも兄の役目だ。
「そういえば、ルツに入学祝をあげたいんだけど何が良いかな? 何か学校で役に立つ物ってない?」
「別に構わないけど渡すの大変よ、学校入れないじゃない」
「そこは元エリートのアリアお姉ちゃんが居ますからなんとかなります」
「もう手伝ってやんない」
「あぁー。ごめんなさーい。どうかお願いします」
アリアは大きなため息をつき、「仕方ないわね」と笑みを溢すのだった。
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