第16話 すっぱい、けどすっごく甘い

「アグリ、これは?」

「いちごって名前の食べ物だよ」

「いちご? なんでこれを?」




 みんなで蒔いた枝豆の畝を横目に、大事に心を込めて世話してきたいちごの苗の前に来た。ジュリのお父さんが亡くなった時、土の中に埋もれてしまっていた苗だ。それがやっと今日、収穫出来る。実を付けた時には声を出して喜んだ。実の数は年々増えていくだろう。弱弱しかった苗からいちごが生った、感動ものだ。


「今年は一粒だけかな、ちょっとすっぱそうだけど……」


 花がついた時、人口受粉をやってみたが成功したのはこの一粒だけだった。いつかしっかり甘いいちごを作ってみたいものだ。スイカなんかも良いかもな。

 食べたい気持ちは山々だが、これは最初から食べさせる人を決めて作った。ジュリのお父さんの意志を継いで、必ずジュリに食べさせる。


 ぷちっと赤く色づいた実を丁寧に収穫した。形は正直悪いし、つやもある訳じゃない。改善の余地はありそうだ。


「いつか、いちごも出荷出来るようになりたいな」


 そんな夢を呟きながら、井戸の水で丁寧に砂を流すと、日の光に反射してより輝きが増した。

 ジュリへのプレゼントが準備でき、渡すため家に向かった。




「アグリ、これは?」

「いちごって食べ物だよ」

「いちご? なんでこれを?」


 ジュリの後にミルさんも出てきて「こんにちは」と挨拶した。ミルさんも、少し元気を取り戻して来たようで顔色も良かった。


「入ってもらったら?」


 そう言われ家に入り、椅子に座って本題に入った。ジュリの家はあの時以来だ。


「実はこれジェイドさんのなんだ」

「パパの!?」

「うん、ジュリに食べさせたい甘い物ってこのいちごだったんだ」

「これが……、パパの……」

「最初は絶対ジュリに食べてもらいたくて、ジェイドさんもその方が喜ぶと思って持ってきたんだ。ジェイドの気持ちもきっと入ってるよ」

「ありがとう、嬉しい……」


 そうジュリは言ったものの、何故か心からの言葉ではない気がした。お父さんの手から渡すのが一番望ましかっただろうに。

 ジュリは「いただきます」と呟いて、いちごを頬張った。

 すると、ジュリの目から涙が流れた。それでも顔は……、笑顔だった。


「パパのバカ」

「ごめん、すっぱかったか!? 」


 ジュリは味わうように噛み締め飲み込む。


「すっぱい、けどすっごく甘い」


 涙をいっぱいに溜めた瞳が俺を真っすぐ向けられ、放たれた笑顔は俺の記憶に焼き付いた。


 甘さなんて多分感じないだろう。甘く作るのは相当難しい。それでも、ジェイドさんの愛が甘く感じさせているのかもしれない。



「アグリ君、今日はありがとう。ジュリのこと気遣ってくれて」

「いえ、喜んでくれたみたいで良かったです。来年はもっと甘く作って持ってきますね」


 返事が来ずミルさんを見上げてみると、愚痴をこぼすように口を開いた。


「私、あなたからいちごの話を聞いた時ジェイドを恨んだわ。たかだか畑の為に私達を置いてくなんてって。正直今でもたまに思い返すと怒りたくなる」

「はい」

「それでも、怒ったってあの人には届かないだろうし、悩んだって時間の無駄ね……。でもあなたが将来誰かを好きなって、一生愛すと誓ったならジェイドみたいなことはしないでね。お嫁さんから恨まれるわよ」


 俺は少し考えた。


「俺は、ジェイドさんの気持ちも分かる気がするんです。それが食べ物かどうかは関係なく、愛してるからこそ命をかけてでも笑顔にしたいって気持ち……」


 それは、俺が父に少し話を誤魔化し山に入った時だ。元はと言えば母の体調が崩れて栄養のあるものを食べさせたいと思ったからだ。父の喜びそうな物を見つけた時、俺も嬉しかった。それでも、もう少し大きくなってからでも良かったかもしれない。山菜なんて次の年でも採れるだろう。でも、母や父を愛しているから喜んでほしいから少しの危険を犯したのだ。結果的に助かったが、一歩間違えばジェイドと同じになっていたかもしれない。


「そう……、でもあなた達家族には私達みたいな思いはしてほしくない。あなたの事を大切に思う人の事も考えてね」


 俺には想像しかできないが、ミルさんはここ数か月間たくさんの苦労があったのだろう。今までにない経験をしてきたのだろう。


「はい、ありがとうございます」



 ジュリと別れて家路に着きながら俺がすべきもう1つの課題を見つけた。農業はもともと事故の多い職業だ。機械の事故はもちろん、獣に襲われたり災害での事故もある。これから俺の農業を世界に広めていくのに必ず当たる壁が『安全』だ。下の世代に伝えていく上でも大切な事だ。せっかく広げた農業が危険だからと農業人口が減っては元の子もない。たくさんの課題がありそうだ。


「魔法も農業に取り入れるとなると、ルツやアリアの協力も欲しいな」


 これで方針が固まった。やることはたくさんあるが大切な仲間も居るしきっと歩み続けられる。

 将来の俺を想像しながら家のドアを開けた。


 これからどんどん暑くなる季節。畑も忙しくなっていく。まだまだ出来る事は少ないが、出来るならいろいろな事を試したい。前の世界では出来なかったの農業を俺は成し遂げて行こう。


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