第14話 補導

 待ちに待った春が来た。家から見える山々の雪も、てっぺんだけが溶けてたまるかと必死で耐えている。

 今日は前から少し冒険をしようと準備していた。父からの許しも貰い山へ出かける。目的は山菜だ。前に竹を見つけてから竹があるなら山菜もあるはずと踏んで計画を立てていた。大きめのカゴを父から貰い腰に巻き付けた。


「行ってくるー」

「暗くなる前には帰ってくるのよー」


 母に「はーい」と返事をして家を出た。ここだけの話、両親にはどこに行くとは伝えていなかったりする。

 いつもの農道を歩き、山の麓に到着する。腰に付けたカゴに家で見つけた鈴を付けると、綺麗な音が山に響いた。


「この世界でも意味があるのかは知らないけど、何かしらの効果はあるだろう」


 準備を整え「よし」と気合を入れ、山に入った。

 歩きながら帰りに迷わないように、木に印を付けながら進む。澄んだ空気が木々を揺らし心地の良い風が通った。


「やっぱり森は良いな。音も匂いも空気も村とは全然違う。森だけは前の世界と同じだな」


 森の雰囲気を楽しみながら歩き続けると、少し先に見覚えのある葉が見えた。駆け足で近付く。


「これは山ブキだ」


 丸みを帯びた葉の下に、くすんだ緑色の茎が伸びている。誰かが世話をしている訳じゃないのに立派な物だ。


「でもこれはスルーだな」


 下処理がめんどくさいので今回は辞めておこう。


「皮を剥くのが面倒なんだよなぁ」


 ぶつぶつと呟きながら先に進むと水の流れる音がした。


「湿った所ならあるかも」


 音に引き寄せられるように向かい、思った通りお目当ての物があった。先程の山ブキとは違い透き通った緑色の『水ブキ』だ。これならアクも無いし美味しく食べられる。


「順調だな」


 水ブキを土から切り取り、上に付いている葉も切った。片手で握れる程の量を取り紐でまとめ、カゴに入れていく。

 川沿いを歩いていると、驚くものを見つけた。


「あれって、わさびか!?」


 少し足を濡らしながら川に入る。


「わさびだ! お父さん喜ぶぞ」


 特徴的な葉の下に、ひょろっと細い茎が伸びている。茎の下の方から切り取ってカゴに入れた。


「この世界でわさびのつーんが味わえるとは」


 俄然やる気とテンションが上り、足取りが軽くなった。

 その後もいろんな場所で山菜を採った。『わらび』『ウド』『タラの芽』『コシアブラ』『こごみ』気づけばカゴの中がいっぱいだ。山菜の切り口にそれぞれ家で作ってきた『米のワラを燃やして作った灰』を付けて鮮度を保てるようにした。ワラの灰はラップの働きもしてくれるし、『わらび』などのアクがある山菜のアク抜きにもなってくれる、便利なアイテムだ。なんせタダで手に入る。


「そろそろ戻ろうかな」


 時間も太陽を見ると良い頃合いだった。重くなったカゴを眺め、満足したので帰途に付いた。


 しばらく付けてきたしるしに沿って来た道を歩いていると、異臭に気づく。


「何この匂い」


 最初に通った時には感じなかった。少し嫌な予感がして、辺りを見回すと匂いの元を発見した。


「動物の糞? かなりでかい。しかも新しいぞ」


 田舎出身の俺じゃなくても分かる、この場は危険だ。足早にその場から離れ、鈴を激しく鳴らした。自分の存在を知らせ、あっちから離れてもらう。熊とかだったらの話だが……。


 『がさっ』と先の茂みで何か動いた。気付いた時には遅かった。すぐに正体が分かるほど強い威圧感。


「嘘だろ……」


 この世の者とは思えないほど大きい獣が、大きく息を吐きながらこちらを見た。初めての魔獣だ。毛に覆われていて一見イノシシのように見えるが、イノシシなんて可愛く見えてしまうほどの大きさ。こんなのに当たりでもしたらひとたまりも無いことは、十分理解できた。

 でも、こういう時こそ冷静な判断が大切だ。


「だ、大丈夫だ。前の世界で熊とか鹿とイノシシとか猿に遭遇しても襲われたことはない。焦って逃げるのは逆効果。落ち着いて背中を見せずに歩き距離を取る。ゆっくり、ゆっくりだ」


 前の世界の知識を使いながらゆっくりと歩く。


「うぅぅ!!! がぁぁぁ!!!」


 そんな俺を獲物と認識した獣は立ち上がって威嚇。走る体制に入った。


「こんなん、無理じゃん!!! ヤバいヤバいヤバい!!!」


 もう無理だと判断し全力で走った。


「頼む来ないでくれー」


 祈るように走り少し振り向くと願い届くことはなく、ヤツは居た。

 どうする。木に登るか、いや、森に生息する物は大体登れる。どこかに隠れるか、そんな隙はない。どうする、どうする。


「いてっ!!!」


 木の根につまずいてしまった。体制が崩れ、持っていたカゴのつぶれる音がした。


「うっ!」


 転んだ先は傾斜があり、俺は転がるように落ちてしまった。


「くそ、痛い。本当にまずいかも……」


 足を挫き、そこら中から血が出ていた。歩くどころか立ち上がるのも厳しい。


「誰か……」


 聞こえるのは獣がこちらに来る足音と息だけ。助けが来る可能性なんて無いのに、助けを求めている。


「終わりなのか、これで……」






「大丈夫か! そこで待ってろ! 今行く。信じて待て!」


 声が聞こえた。俺の妄想?希望?走馬灯?

 もう目を開ける勇気も気力も無く、静かに諦めた。




「おい! 起きろ。大丈夫か少年」


 目を覚ますとそこには二人の男女が居た。助かったんだ。


「起きたか、痛むか?」

「少し……」


 二人はすぐに足首と傷の処置をしてくれ、だんだんと痛みが引いていった。


「あの、ありがとうございます。助かりました」

「助けられて良かったわ。魔獣に襲われて生き残ったのも珍しいわね」


 されげなく怖いことを言われた。確かに、2人が来てくれなかったら俺も……。


「それで、なんでこんな所に1人でいる! 死ぬところだったんだぞ!」

「まぁまぁ、マルコ、落ち着いて」

「落ち着いてられるか! まったく、親は何を考えているんだ」


 男性の方がかなり怒ってくれている。


「あの、お二人は?」

「私たちは冒険者よ、防衛者とも言うわね」


 冒険者、国や村を魔獣や敵から守ってくれている国直属の組織と聞いたことがある。二人は比較的細身だが、訓練の跡が分かる身体つきをしていた。腰には使い込まれた剣が納めえられていて、いかにも冒険者だ。身なりは意外にも軽装だった。


「こっちの怒ってるのが『マルコ』で私は『アヤ』よ。君は?」

「アグリって言います。ホルンの村ツィスから来ました」

「アグリよろしく。ホルンね、もう暗くなるから送っていくわ」

「ありがとうございます」


 気づけば辺りは薄暗くなっていて、これは親に怒られるの確定だ。心配しているだろうか。前の世界でも補導なんてされたこと無いのに、この世界で経験するとは思はなかった。


「立てるか?」


 そう言われ立ってみたがまだ歩けそうになかった。


「マルコ、アグリをお願い」

「しゃーねーな」


 マルコさんは俺を背中に担いでくれた。


「すみません」


 周りを見ると崖から落ちたその場所は少し不思議だった。


「マルコさん、ここ何で植物が生えてないんですか?」


 この場所は明らかに他とは違っていた。草木が極端に少ないのだ。


「昔からここは植物が生えないらしい。原因は分からないが土の問題なんじゃないのか?」


 そんなもんなのか、何かもっと大きな要因がありそうだが……。しかし、調べる気力も体力もなく、マルコさんに身を委ねる事しか出来なかった。



「アグリ、着いたわ。家はどっちかしら?」


 目を覚ますと見覚えのある光景が広がっていた。もう少し進めば家だ。


「ありがとうございます。ここからなら帰れます」

「アグリ。お父さんとお母さんにバレないようにしようなんて考えてるでしょ。そうはいかないわよ」


 バレてた。流石冒険者だ。そう簡単には見逃してはくれないらしい。


「えっと、あっちです」


 仕方なく方角を指差し、二人は歩き出した。


「あれです」


 家の灯りが見えてきて、同時に声が聞こえてきた。


「アグリ!!! アグリなのか!?」


 心配する父の声だった。

 怒られる。殴られるかも……。でもしかたない、これだけ心配をかけたのだから……。






「おかえり、無事で良かった」






 その後、三人は家に入って状況を説明した。

 俺は母に怪我の手当てをしてもらい、怒られ。マルコさんとアヤさんには帰り際に怒られ。父からは一ヶ月間、保護者付き添い以外の外出を禁止にされ。妹からはペシッと一発叩かれた。


 今日は散々な一日だった。いつもの椅子に座ると、どっと疲れが出る。一生懸命採った山菜も、全て落としてしまった。父から貰ったカゴもボロボロだ。


 それでも、今日の晩御飯の味は一生忘れないだろう。少し、しょっぱかったのは気のせいだろうか。

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