第13話 妹の才能
雪が降り寒さの厳しい『テべト』の季節がやってきた。暖炉に火が入り、妹のルツと俺は灯りに照らされながら遊んでいた。木が弾ける音を聞きながら、ルツの成長を日々楽しんでいた。
「にー、これ」
「はいはい、これ持って何するの?」
「これ!」
「何?」
ルツが持っていた、母が作った人形、毛糸で編まれた体の中に綿が詰めてある。柔らかく、当たってもかじっても大丈夫な物だ。そんな大切な物をルツは勢いよくポイっと投げた。
「ルツ! 危ないって!」
最近、妹の元気が有り余りすぎて、お兄ちゃん大変だ。かなりおてんば娘に育っている気がする。こんな妹を見ていると、母も昔はこんな感じだったのだろうかなんて考えてしまう。いつか聞いてみたいな。
「アグリーあーそーぼっ」
家の外から聞こえたのはいつもの3人の声で、ドアを開け「今行く」と返事をした。
「ルツちゃん大きくなったね」
ロットのおかげもあってか、少しづつ元気を取り戻してきたジュリが言った。顔色も良くなって、またこうしてみんなで遊べることが幸せに思う。
「そうだね、すぐどこでも行っちゃうから大変だよ」
「アグリもすっかりお兄ちゃんね」
そういえば、ルツはこれまで雪を触った事は無いんだった。みんなも居るし、少しだけ外に出してみよう。
「お母さん、ルツも雪触らせていい?」
「あんまり遠くに行かないでね」
家の周りだけとの条件の下許しを得て、ルツを外に出してみた。ルツは冷たい空気を吸い、暖かい日の光を浴びると目を細めた。そんな家の前では、ロットとリユンが雪玉を投げて遊んでいる。
雪のある所でしゃがんでルツを下ろしてみる。
「ルツ、これが雪だよ」
そうやって雪を触らせてみると、顔がこわばるほど驚いていた。想像していた感触とは違ったのか、それとも冷たかったのか……。そんなルツだったが、好奇心の方が上回ったようで、自分から雪を拾って投げて楽しそうだ。もう少し大きくなればリユンにソリでも作ってもらって、みんなで遊ぶのも楽しいだろうな。
「アグリ、私にも抱っこさせて」
頷き両手を広げているジュリに渡す。「可愛い」と微笑みながら抱きしめていた。非常に微笑ましい状況だ。真っ白に包まれる村の中にひときわ輝く場所がここにあった。
俺も少し遊びたい。たまには童心に返るのも悪くない。雪玉を作ってロットやリユンの所に投げるとロットに直撃した。
「アグリー、やったなー」
俺たちは、大はしゃぎで雪玉を投げ遊んだ。おもちゃも無い、ゲームなんてもっての外。そんな世界でもこんなに楽しかった。
「男の子は元気ね」
「うぅー」
「ルツちゃん?」
ジュリがルツと話すのが聞こえる。ジュリも一緒に遊びたいだろうから……。
「アグリー、ルツちゃんの様子が変だわ」
「ジュリ? どうしたの?」
少し焦るジュリの報告を聞き二人の方に目を向けると、ルツが何かを動かすように手を広げた。その瞬間そよ風がジュリの髪を揺らす。
「風? ちょ、強い」
直後に風が舞い、だんだんと強くなっていく。木々が揺れ始め、雪も舞い上がっていく。低い音が響き始め、今にも飛んでいきそうだった。
「アグリ、これ普通じゃないよ」
リユンが心配そうに叫ぶが、すぐにかき消された。
これは、ルツの魔法なのか?そう感じた時、俺たち三人の身体が浮き始めた。雪も渦巻き状に待っていく。これはまずいかもしれない、ルツが原因だとしたら、すぐに辞めさせないと。
「みんな! どこかに摑まれ!!!」
俺は近くの木に摑まり、ロットも飛ばされないようにしているのが見えた。不思議な事にジュリとルツが立つ場所だけは風が無いようで、2人とも同じ場所に立っている。ジュリは何とか止めようと、ルツを抱きしめるが状況は変わらなかった。
「助けてー!」
リユンは対処が遅れてかなり高い場所から助けを求めている。木の先端の所まで飛ばされてしまっている。何とか助けてやりたいがしがみ付いているだけで精一杯だった。
「リユーン!!!」
騒ぎを聞き、家から母と父が出てきた。
「どうしたんだ!?」
「ルツを止めて!」
状況を理解し、母はすぐにジュリが抱えているルツに近づき落ち着かせるよう抱きしめ背中を軽く叩く。父はリユンの下にスタンバイした、しばらくすると徐々に風が弱くなり、リユンは父が待つ場所に落下した。
「リユン、大丈夫か!?」
「な、なんとか」
苦しそうな声を出しているリユンに心配して駆け寄るが、幸い大事には至らなかった。父が上手い具合に受け止めてくれ、雪が良いクッションになったみたいだ。
「今のルツの魔法だよね?」
「うん、たぶんそうだと思う」
その後父は、3人を家に送りそれぞれの親に説明して回ったようだった。
アリアお姉ちゃんの店で見た魔法とは違い、体で感じた強い力。子供といえど、3人を軽々しく持ち上げてしまうほどの魔法。羨ましいと感じつつ、危険な事が身に染みた。
次の日、母はルツを抱えながら出かける準備を始めていた。
「アグリ。お母さんこれからアリアちゃんの所に行くけど、アグリはどうする?」
「行く!」
聞けば、この年で魔法を使う事は珍しいと言う。まだ魔力も少ない上に操ることすら難しいからだ。ルツは魔法使いとして何かおかしいのだろうか。今後の対応の事、何よりルツの体が心配でアリアのもとへ相談に行くと言う。魔法使いの事はやはり魔法使いに聞くのが一番だろう。
「こんにちは」
「ヘベルさんにアグリ、それにこの子がルツちゃんね。こんにちは。今日はどうしたんですか?」
「実は……」
母が昨日の出来事をアリアお姉ちゃんに話した。真剣に相槌をしながら聞いてくれる。
「そう、そんなことが」
「みんなで遊んでたら急に風が吹いたの!」
「子供とは言え三人の身体が浮き上がるなんてすごい力だわ」
「ルツはどこか悪いのかしら?」
母は心配そうにアリアに耳を傾ける。
「少し調べてみますね」
アリアは奥の棚から魔石を取り出して来た。
「ヘベルさん、これをルツちゃんに握らせてください」
母はアリアに言われた通りルツの手に収める。しばらくすると「良いわ」と魔石を受け取る。目に見える魔石には何も変化が無いようだったが。
「今ルツちゃんの魔力の一部を魔石に移しました。この魔石の魔力量を調べればルツちゃんの魔力量が計算できます」
そんな事を言いながら、アリアお姉ちゃんは魔石に手をかざし集中するように目を閉じた。
「これって……」
不安で鼓動が高鳴った。ルツに何かあったら俺は……。
アリアはゆっくりと目を開け、母の方に目を向ける。
「ヘベルさん。おそらくルツちゃんが魔法を使ったのは一緒に遊んでる感覚だったんだと思います。ルツちゃんの魔力量ですが、一般の魔法使いの三倍はあります。それで少し意識するだけで魔法が出てしまうのだと予想します」
母は落ち着いて聞きアリアに疑問をぶつける。
「ルツの身体に異常はないのね?」
「はい、魔力が多いだけで身体に異常はないです」
「魔力が多いと今後、命に関わる事はあるの?」
「それも問題ありません。ただ、できるだけ早くコントロール出来るようにする必要があります。今回のような事故が起こる事もありますから」
母はルツの才能より、ルツ本人の体が一番だったようだ。体に問題がある訳ではないと分かったとたん胸をなでおろした。
「アリアお姉ちゃん、ルツが成長すると魔力も増えたりするの?」
「それは個人差があるけど、増える人もいるわ。ルツちゃんもその可能性があるわね」
アリアは「少し待ってて」と店の奥に入っていき、両手に何かを持って戻ってきた。
「へベルさん、これを渡しておきますね。こっちはルツちゃんの首に掛けておいてください。魔力を吸ってくれる魔石です。応急処置ではありますけど暴走は減ると思います」
ひとつは小さな魔石の付いたネックレスだった。月に1回交換する必要があるそうだ。
「あとこれは、魔法使い訓練学校で最初に貰う教科書です。魔法の基礎中の基礎が書かれてあるので、少しは参考になると思います」
教科書をパラパラと捲ってみたが、全く分からなかった。これは一般人の俺に理解できるようなものではないようだ。
「アリアお姉ちゃんはルツより魔力たくさん持ってるの?」
ちょっと意地悪かもしれないが気になったので聞いてみた。三倍なんて言葉を聞いたが具体的にどんなものか気になったのだ。
「私は普通の人より魔力、少ないわよ?」
「え、そうなの?」
「えぇ、少なくともルツちゃんみたいな大規模な魔法は私には無理ね」
アリアお姉ちゃんによると、魔力のコントロールを極めたと言っていた。燃費が良い車みたいな感じか。
「ありがとうアリア。助かるわ。また手を借りると思うけど、その時はお願いね」
「はい! ルツちゃんの先輩としてなんでもお手伝いしますよ。きっとすごい魔法使いになれます」
「アリアお姉ちゃん! 今日はありがとう。また来るね」
「いつでもいらっしゃい」
家路に着きルツは疲れたのか眠っている。魔力が減ると眠くなるそうだ。これもコントロールして行く必要があると聞いた。今はアリアのおかげで魔力が減り、眠くなったのだろう。妹はどんな魔法使いになるのだろうか。学校ではどんな訓練を受けるのだろうか。
「魔法使いってすごいけど、たくさん覚えたり訓練したりするんだね」
「そうね。大変なこともあるだろうけど、たくさんの人のためになるからお母さんも鼻が高いわ」
胸を張って嬉しそうに話す母。でも1つ気がかりなことがあるようだ。
「アグリ、ルツに素晴らしい才能がある事は家族みんな嬉しい事ね。でも覚えておいてほしいことがあるわ」
「俺に? なに?」
「えぇ。ルツは、決して魔法使いになりたいと望んで産まれてきた訳ではない事。忘れないでね」
何を言っているのか、大した才能が無い俺には分からなかった。
妹はきっと自分の力でみんなのために働けるよう努力する事だろう。お兄ちゃんはどんな事があってもお前の味方だからな。
穏やかに眠っているルツの頭を優しく撫で、家までの道のりを過ごした。
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