第12話 肥料
「まずい……」
俺が種を蒔き、世話をし収穫してきたほうれん草を母がおひたしにし、食べてみた。だが、まずかった。葉が黄色く変色していたのだ。まぁ、正直収穫していた時にこの結果は分かっていた。
「ん-、美味しくないな」
「お父さんひどい……」
「悪い悪い、アグリがどう改善していくか見ものだな」
正直悔しかった。いくら知識があろうとも、完成した畑や田んぼで、たくさんの機械を使いながら、何不自由なく農業をしていたあの時とは状況が違う。自分の無力さを思い知った。
でも、父が言うようにここからだ。失敗したら改善してまた挑戦すればいい。父も俺が理解できると信じて待ってくれているのだろう。
「頑張るよ」
「あぁ、期待してる」
失敗の原因はやはり肥料不足だろう。ほうれん草がこの出来なら他の野菜を作っても、同じ結果になることは間違いない。今年中に何とかしなければ。それか、あの食べ物の種を見つけるかだな。
「今日は市場に行ってくるけどついでに何か買ってくる物は無い?」
「そうね、これをお願い」
母からメモを貰って出かける準備を始めた。
「行ってきます」
「気を付けてね」
外に出ると季節外れの暑さが肌を焼く。もう秋だというのにこの暑さは堪えてしまう。
無事にフルトの市場に到着した。すぐに足を進め、目的の店へと向かう。その店は前の世界のホームセンターのような店で、農具や種なんかが売っている。時期によって置いてある種が違うので定期的に見に来ていているのだ。肥料も少しはあるにはある。ただ高価で今の俺には手が出せない……。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
いつものおじさんに挨拶して、種のコーナーに足を向ける。
「あった!」
今日の目的は大豆だ。これが欲しくておじさんにいつ入るか聞いていた。大豆なら肥料が無くても大きく育ってくれるはずだ。
「これください」
少ないお小遣いで買った種を握り店を出た。
実際植えるのは来年になるだろうが楽しみだ。テンションが無駄に上がってしまう。
市場を歩いていると聞いた事のある声が聞こえてきた。
「んー。こっちか? いや、こっちも……。あー、分かんねぇー!」
「ロット?」
「わぁ! アグリ!? 驚かすなよ」
「ごめん、そんなつもりはなかったんだ。声が聞こえたから、もしかしてと思って」
「そ、そうか、すまん」
「何を見てたの?」
ロットは顔を赤くして「何も?」と持っていた物を隠した。その店には雑貨がたくさん並べられていてとても綺麗だった。そんな事をしていると、店の人に疑いの目をかけられる。
「まさか、そのまま盗るんじゃないだろうな」
「ま、まさか。そんなことするわけないじゃんか」
ロットは焦ったように手から商品を出した。何かお気に入りの物でもあったのだろうか。
「ネックレス?」
「誰にも言うなよ」
「誰かにプレゼント?」
「ほら、ジュリの奴、お父さんが亡くなってから元気ないだろ? それで……。ちょっとでも元気になってほしくて」
「良いんじゃない? 喜んでくれるよ、きっと」
「そうか? 何色がいいと思う?」
ロットが迷っていたのは、水色の貝殻が付いたネックレスと、ピンク色の貝殻のネックレスだった。どちらも綺麗に輝いていて、ジュリにとっても似合いそうだった。ロットもなかなか隅に置けないな。
「んー、どっちも似合いそうだけど。ロットはどっちが好きなの?」
「ピンクの方……」
「賛成かな、ロットもそう思うならピンクにしたら? ジュリが付けたら、似合うだろうな」
「そうだよな!?」
ロットは少し自信が出たのか「これをくれ」とお金を払った。嬉しそうに商品を受け取り、満足した様子で俺に笑顔を向けた。
「アグリ、ありがとう、助かった」
「うん! あとは、あげるだけだね」
肩を突きながら言うと「うるせっ」と少し怒りながら照れていた。可愛い奴だ。
その後ロットと別れ、帰りの道を歩いていた。
「ネックレスか、貝殻ならタダで手に入るしお母さんとルツに作ってみようかなぁ」
そんなことを考えていると、足が止まった。どこかで聞いたことがあるような……。
「貝殻……砂浜に落ちてるよな……。そうだ! 貝殻の肥料! 確か、前の世界にも使ってる所があったはずだ!」
自然の力で出来た貝殻を砕いて、粉にすればそれはれっきとした有機肥料だ。海も近いし、タダで手に入る。経済的にも環境的にも、さらに土の改善も図れる!
「これは、良い事を思いついたぞ」
俺は帰り道を引き返し、走ってフルトの砂浜へと向かった。
「うぅ、寒い」
風も冷たく荒れた海が何度も砂浜へと押し寄せていた。そんな中「よし」と気合を入れ辺りを探す。砂浜を歩けば顔を出している綺麗な貝殻を見つけた。近くの砂を掘ってみるとどんどん出てくる。
「良いぞ良いぞ」
誰にも見られていないと思うが、一人で気分高揚していた。傍から見ればヤバい奴かもしれないが、俺の農業にとって確実な進歩になるアイディアだ。必ず成功に近づける。
「おぉ、たくさん拾えた」
気付けば一時間程探し回っていて、持っていた袋いっぱいになっていた。
「これだけあれば」
顔をにやつかせながら、貝殻の入った袋を掲げ、歓声を海に向かって叫んだ。
「お、重い……」
帰り道、少し調子に乗って持ちすぎたのを後悔していたが、これからもっと美味しい野菜を収穫出来る事を考えると、重さも忘れるくらいだ。
「冬の間にこれを粉末にして春に撒けばきっと!」
「ただいま!」
「おかえりな……ってどうしたのそれ!?」
母が大きな袋を見つけて、驚いた顔をこちらに向けている。
「良いこと思いついた! 貝殻を肥料にする!」
「それ、全部貝殻なの?」
「うん! 春に撒くの」
「そう、楽しみね。ところでアグリ何か忘れてない?」
「ん?」
何だろうか、市場に行って必要なものは買ってきたし、ロットのおかげで肥料も手に入った。特におかしな所はないと思うが……。
「お母さんが頼んだものは?」
「あっ……」
「アグリが貝殻の入った袋にメモを入れたのをお母さん見ていたのだけど?」
袋の貝殻を搔き分け中を探すと、くしゃくしゃになった紙が出てきた。
「アーグーリー」
「ごめんなさーい!」
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