第7話 収穫の喜び

 暑さがもうすぐ落ち着く『エルル』のある日。家族みんなで朝食を食べている。日に日に成長を続ける妹は、母に抱かれながらおっぱいを貰っている。母によく似た綺麗な金色の髪が伸びてきて少し羨ましかった。


「アグリ、今日アレ掘ってみないか?」


 アレとは何だろうか、少し頭の中を巡らしたが見当が付かない。俺がピンと来ていないのを察した父は、笑いながら続けた。


「春にアグリが植えたジャガイモだよ」

「大きくなってるの?」

「あぁ、ちゃんと成長してくれたぞ」


 俺はあの日から母の手伝いをしたり、ジュリやロット、リユンと遊ぶことが増えて畑にはなかなか顔を出せていなかった。今日は予定も無かったし、母からの頼み事もないので、父と行くことにした。


「たくさん生ってるかな」

「楽しみだな」


 畑に出て作業始める。ジャガイモは溝を作って植えるが、収穫時には上に伸びる葉を包むように山になっている。ジャガイモの葉が倒れないように、また芋に日が当たらないように土を寄せていくからだ。これを見るだけで父が丁寧な働き者だと分かる。


「アグリ、ジャガイモの茎を引っ張って抜いてくれ」


 「分かった」と返事を返し引き抜いていく。ジャガイモの葉は案外簡単に抜けるが、さつまいものように根に芋が付いてくる事は少ない。

 しばらく進むと木の棒が畝に刺さっていた。何かの印だろうか。後ろでジャガイモの発掘作業をしている父に聞いてみる。


「そこはアグリが溝を掘った場所だ。ちゃんと大きくなてるだろ、自分で掘ってみると良い」


 またこの父親はマメな事をする……。

 父が言うように自分で植えたジャガイモを掘ってみる事にした。父が作った畝を少しづつ崩していき土を掘る。中からはジャガイモが出てきた。少し小ぶりで形も悪いがちゃんとジャガイモが収穫できた。なんだかすごく嬉しくなりどんどん掘り進めていく。野菜には皆、個性がある。人間と同じように同じものは1つとしてないのだ。

 

『ぐちゃ』


 うわっ、やってしまった。指先になんとも言い難い気持ちの悪い感触で手が止まる。種芋だ。種芋は植えて芽が出ると後は腐るだけ。収穫時には中がドロドロに液状化した種芋が稀に存在する。ジャガイモを掘る時そいつに指を突っ込んでしまう。これはジャガイモ収穫時のあるあるだが、この世界でもやってしまうとは……。

 俺は急いで手を退けて、その辺の土に指をなすりつけた。


「たくさん出来たね」

「あぁ、今年は豊作だな」


「アグリー」


 父と掘り終わったジャガイモを眺めながら、汗を拭っていると後ろから男の子の声が聞こえ振り向く。声の主はロットだ。


「ロット、散歩?」

「うん。ジャガイモ掘ったんだ。たくさんだね」


 ロットも一緒になって集めたジャガイモを眺める。


「ロット、ちょっと匂い嗅いでみて」


 さっきの指を見せる。何?と疑うような顔をしていたので、ロットの鼻に指を近づけた。


「おえっ! くっさ!」


 俺は予想以上の反応に、笑いを堪らえきれなかった。


「何すんだよー」

「ごめんごめん。手、洗ってくるー」


 俺は井戸の方へ走り、手を洗ってから畑に帰る。すると父が背の低い箱にジャガイモを入れていた。


「アグリ、運ぶの手伝ってくれ」

「俺も手伝う」


 俺はロットと二人で箱を持ち上げ小屋まで運んだ。何度か往復しすべて運び終えるとロットは手を振り帰って行った。


「アグリ、家で食べる分を少し持って帰ろうか」

「うん!」


 箱の中から俺が作ったジャガイモをいくつか選んで袋に入れる。前の世界で売っていたような立派なジャガイモではないが美味しそうだ。


「収穫したての新ジャガは最高なんだよなぁ」


 


 家に持って帰ってきたジャガイモを母が茹でてくれている。

 母の背中を見ていると昔を思い出す。でも今は何だか気持ちが楽だ。あれだけ嫌いだった農業が今では少し楽しく感じる。この世界で、本気で農業を始めたら両親はどう思うだろうか。俺は本気で農業をしたいのだろうか? 本当に美味しい物を両親に食べてもらえたら、喜んでくれるかな……。


「アグリ、できたわよー」


 妹を抱えながら考えていると母の声がした。テーブルを見るといつもの夕食にさっき採れたジャガイモがあり、もくもくと白い湯気が上がっている。美味しそうだ。

 家族でテーブルを囲み楽しい時間が訪れた。


「アグリが作ったジャガイモ食べてみていいかしら」


 いつもは子供の俺が食べ始めるのを待つ母が、今日は珍しい事を言ってきた。


「うん、食べて」


 母はジャガイモに軽く塩を振り一口頬張る。


「とっても美味しいわ、アグリ。ほろほろで甘みもあるわ。アグリも食べて……。どうしたの?」


 母の言葉を聞いて、俺は気付かないうちに涙を浮かべていた。

 母は俺が作ったと言っているがほとんど作ったのは父だ。俺は植えて掘っただけ。でもなぜだ、美味しいと言われてこんなに嬉しい物なのか。前の世界でも美味しかったと言われる事はたくさんあった。しかしこんな感情にはならなかった、社交辞令でありがとうございますと、そう返していただけだった。


 今、母に美味しいと言われてるのと何が違う?


 「アグリ」と父に声を掛けられた。顔を向けると笑顔で話し始める。


「誰かに美味しいって言われるのは嬉しいだろう。でもな、本気で美味しい物を作りたい、美味しい物を食べてもらいたいって思わないと何の喜びも感じないんだぞ」

「でも、俺は植えただけで……」

「アグリはどんな気持ちで植えたんだ?」

「大きくなれよって」

「楽しかったか?」

「うん」

「その気持ちがあったからジャガイモはちゃんと育ったし、美味しいジャガイモになった。お母さんの美味しいって言葉も嬉しかったんじゃないか?」


 そうか。前の世界で農業が嫌いだったのも、美味しいって言葉が大して嬉しくなかったのも、俺が何の気持ちも持たず作っていたからか。


 でも、この世界なら……。この父と母、それに妹。ジュリにロット、リユンも。コバトさんやアリアお姉ちゃんに、俺が本気で美味しい物を食べさせてみたいと思う人がいる。俺の作った物を食べたみんなはどんな顔をするだろうか。母が喜んでくれただけでも嬉しいのに、みんなが美味しいって言ってくれたらどんなに楽しいだろう。考えただけでもワクワクする。

 俺は涙を拭き、夕ご飯を掻き込んだ。俺のやりたい事。この世界に来て、どうするのが正解なのか分からなかったが、今決まった。


「お父さん、お母さん。俺農業がしたい! 本気で美味しい物を作ってみんなに食べてもらいたい!」


 そうと決まれば、すぐにでも動こう。今の体でも、父に助けてもらえば少しは仕事が出来る。皆が喜んでくれる日が待ち遠しい。

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