第6話 新たな命
俺は最近落ち着いて寝られない。こんな気持ちは初めてで、心がそわそわする。緊張なのか何なのか、自分でも分からない。俺が生まれる時、両親もこんな感じだったのだろうか。親になった事もないのに、そんなことを考えが頭に浮かぶ。
季節は『シワン』。ジャガイモを植えた時よりも、とても過ごしやすい季節になった。母のお腹も大きくなり、もうすぐ俺に弟か妹が出来る。前世でも兄弟は居なかったので早く会いたい。
「お母さん、もうすぐ?」
「そうね、もうすぐ会えるわ」
母はお腹をさすりながら優しく言った。
母の妊娠が分かり、かなり時間が経つ。妊娠の期間は四十週と聞くが、この世界にエコーのような機械は無いので正確にどれだけ経ったのかは分からない。だが、医者が言うにはもうすぐだそうだ。
もうすぐもうすぐと言われるが、なかなか出てこないのでずっとそわそわしているという訳だ。
「触ってみてもいい?」
「えぇ、良いわよ」
優しく母のお腹を撫でてみる。暖かなお腹の中に眠っている弟か妹は、どんな事を夢見ているのだろうか。
それから数日が経ち。朝、家が騒がしくて目が覚めた。部屋に出てみるとうめき声を出している母の周りを、数人の人たちが囲んでいた。父は母の隣で手を握っていた。やっと、やっと出産の時が来たようだ。
俺の気持ちは高まるが、邪魔にはならないように隅の方で見守る事にする。出産は命懸けだ。全員に緊張が走り、部屋の中は緊迫感で空気が重い。
しばらくの間、母の苦しい声は続いた。俺も手を握り、力んでいる事に気が付いた。
「頑張って、お母さん」
医者が祝福で満ちた顔に変わり、母の胎から抱えられた赤子がちらりと見えた。その瞬間元気な産声が家中に響き渡った。
周りに居た人が赤ちゃんを軽く拭いていると「この子は!」と驚く声を出した。なんだ? まさか、アクシデントとか……。
「へベルさん、可愛い女の子ですよ。それにこの子は、魔法使いです」
――――――――――
父においでと手招きされ、母の元に行くと汗だくの母の胸の中に小さい命があった。なんだこの生き物は! なんだ! 天使なのか?
「ほら、お兄ちゃんだよ」
母が妹に俺の顔を見せる。なんだ、やっぱり天使じゃないか。この子がさっきまで母のお腹に居たのかと考えると感動する。この世に無駄な命なんて1つもない、そんな思いにさせてくれる天使がそこには居た。大切な大切な俺の妹だ!
「すごい、可愛い。すごい。なんか、もう、感極まって言葉が出ないよ」
俺がそう叫ぶと、両親は見つめ合い笑いに包まれたのだった。なんでだ?
俺に『ルツ』と名を与えられた妹が出来てからしばらく経ったが、両親は相変わらず忙しい毎日を過ごしていた。少しでも両親の助けになりたいと、俺の出来る手伝いは何でもするように心がけた。
「お母さん、魔法使いは全員こういう紋章があるの?」
俺はルツを膝に乗せながら首に触れる。光るように輝きを放っている、綺麗な紋章だ。
「そうよ、みんな生まれつき紋章があるわ」
ルツが産まれた時、医者がすぐに魔法使いと分かったのは首に魔法使いの証拠である紋章があったからだ。
「でも、アリアお姉ちゃんには無かった気がする」
「人によって場所が違うのよ。色も違うみたいね」
母の説明に、納得しこれから妹が魔法使いとしてどんな成長を遂げるのか、期待で胸を膨らませた。アリアお姉ちゃんの紋章も見せてもらえないだろうか。
母は机にずっと向かっていて、難しそうな書類を書いている。これを持って役所に魔法使いが生まれた事を報告するそうだ。
「これ出さないと駄目なの?」
「そうよ、魔法はしっかりコントロールできないと危険だから規則が厳しいの。魔法使いを許可なく、私的に利用するのも禁止されてるから、ルツも六歳から訓練学校に入学するわ」
「六歳か……。少し寂しい」
母が立ち上がり、キッチンにお茶を淹れに向う。しかし、ガサガサと何かをあちこちと探している。
「あら、水の魔石が切れてしまったわ」
そう言えば、最近忙しくて買いに行く暇が無かったんだ。出産に、付きっきりの子育て。それならここは、お兄ちゃんの出番だな。
「俺が買ってくるよ」
「嬉しいけどもう馬車はないわよ? 明日で良いわ」
「いつも行ってる市場にあるでしょ? 歩いて行っても暗くなる前には帰ってこれるから大丈夫だよ」
抱えていたルツを母に預ける。母は少し悩みながらも、気持ちを汲み取ってくれた。大切な小銭入れに母から貰ったお金を入れて準備をする。
「気を付けてね? 寄り道しないで早く帰ってくるのよ?」
「分かってるって、任せて」
母は『水の魔石2つ』『卵』と紙の端切れに書いて渡してくれた。忘れないようにその紙も小銭入れに入れた。
「いつの間にか、お兄ちゃんになっちゃったわね」
静かに玄関まで見送りに出て来た母に大きく手を振って出発した。
「行ってきます!!!」
しばらく歩き市場に入った。子供の足では少し距離があるので、予想以上に疲労が溜まっている。しかし大丈夫だ、なんせお兄ちゃんだからな。
市場を歩いていると、先に卵を見つけたので買って行く。いつも母が使っている物を覚えていたのでそれを買った。さらに先を歩いて行くと魔石屋が見えてきた。ここは魔法使いが売っているのではなく、魔法使いから買った魔石が売っている。その分アリア魔石店より高い気がするが、その代わりすぐに手に入るので致し方無い。
「おばちゃん、水の魔石2つください」
「あいよ、今日は水が良く売れるね。これで最後だよ」
別に得でもなんでもないのだが、少しラッキーな気持ちで店を後にした。少し休んで帰るために近くの椅子に座る。子供の足じゃ少し疲れてしまった。それでも大丈夫、今の俺には帰りを待ってくれている人が居るんだ。
「このくらいのお使い簡単なもんだな」
母は少し心配性だな、なんて思いながら周りを見渡した。クラリネほど都会ではないがそこそこ賑わっている。そう言えば、前の世界では自分で作った野菜を朝市で売ってたっけ。ここで野菜を販売している人も見えるが、そんな感じなんだろうか。そんな事を考えていると、少し離れた場所に見たことがある顔を見つけた。大人の人はお母さんだろうか。
「ジュリだ!」
俺は名前を呼び手を振りながらジュリの方へ向かった。
「アグリ、偶然ね。お買い物?」
「うん、お使い頼まれて」
「偉いわね」
「いつも娘と仲良くしてくれてありがとう、アグリ」
ジュリの隣に居たのはやっぱり母親でお礼を言われた。仲良くしてもらってるのはこちらの方な気がするが。
「何か探してたみたいだけど……」
ジュリ達を見つけた時、少し困った様子で二人が話していたのだ。気になっていたので聞いてみる。
「実は家の水の魔石がもうすぐ切れそうで、今日買いに来たんだけど売り切れだったの、明日も店には入らないみたいで困ってたの」
せっかくここまで来たジュリたちは、少し落ち込んでいる様子だ。水の魔石は毎日使う物なので無いと困る物だ。
さてアグリよ。どうするこの状況。俺の手には2つの水の魔石。これを1つ渡せばお互い次の入荷までは十分持つだろう。しかし、俺には母からの信頼を得てお使いに来ている。母からのお使いを失敗する訳にはいかない。迷っていると、ふと母の言葉を思い出した。『アグリ、今から人を助ける癖を付けておきなさい。そうすれば、いつか大きな壁が出来ても立ち向かう勇気が出るわ』
分かってるさ、お母さん。やることは明白。決めたらすぐ行動だ。俺は鞄に手を入れた。
「これ、さっき俺も水の魔石を買ったんだ。2つあるから1つ譲るよ。1つあればお互い魔石が入ってくるまで十分持つと思うし」
「すごく助かるけど本当に良いの? お母さんからのお使いなんでしょ?」
「大丈夫。この事を話したら喜ぶと思う」
「本当に助かるわ、ありがとう」
ジュリに魔石を渡し、母親からその分のお金を貰った。
ジュリ達はまだ寄る所があるらしくその場で別れ、俺は帰途に就いた。
「お母さんただいま」
「おかえりなさい」
家に着く頃には日が傾き、ぎりぎりセーフと言った所だった。母に帰って来たことを伝え、買ってきた物を渡した。
「アグリ、お使いお疲れ様。ありがとう」
「うん。でも魔石1つしか買えなかった」
「あら、そうなの?」
母に今日の事をすべて話すと「良い判断ね」と褒めてくれた。母が魔石をキッチンにセットし手を洗えるようになった。これで任務完了。ジュリ達にも喜んでもらえたしお使い大成功だ。
妹にルツを抱えて膝に乗せる。
「お兄ちゃんすごいだろ」
まだ幼い妹に自慢しながらほっぺをくねくねしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます