第5話 言い伝え
「お母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
4歳になった俺は父の仕事を見たいとお願いし、連れて行ってもらう事にした。家からしばらく歩き、農道のような道に出た。石と砂地で固められた道はガタガタで歩きにくい。両脇の畔には草が生い茂り、その向こう側に村の人たちの畑が並ぶ。父は「おはよう」と畑で社業する人にあいさつしながら、自分の畑へと向かった。
「お父さん、今日は何するの?」
「そうだなぁ、昨日畑を耕したからジャガイモを植えようか」
季節は『イヤル』もうそんな時期か。雪が解けると、春の訪れは思った以上に早く来る。
「アグリ、ここが俺たちの畑だ」
父が指さす方を見ると、管理が行き届いている綺麗な畑が見えた。畑の真ん中付近で縦に分かれていて、長方形の畑が2枚ある。収穫の跡を見ると、おそらく右側が野菜を作る畑、左側が米を作る田んぼなのだろう。
「アグリ、奥には排水路があるから気をつけろよ」
「分かった」
「お父さん、これは何?」
田んぼの隅に、気になる場所があった。畑と農道の間に設置され、そこそこ大きいブロックが置いてある。
「あぁそれはな、農業用魔石を入れる場所だな」
「農業用魔石? そんなのあるの?」
「あぁ、農業にはたくさんの水が必要だ。でも普通に水の魔石を買っていたらお金が足りなくなる。だから、国にお米を収めるて、代わりに農業用魔石を支援してもらうんだ」
なるほど、税の制度か。確かにすごく助かる制度だ。これが無かったら農業は回らないかもしれない。
「さて、始めるか」
父は鍬を手にし、畑に入ったので一緒に付いていく。父はこの辺かなと目星を付けて鍬をひっくり返し爪の角で、すーっと土に線を付けていった。畑の真ん中までその印を付け、俺の方に振り向いた。
「この印に沿って溝を掘って行くんだ」
父はお手本を見せるように、十センチ程の溝を作っていくと、やってみるかと鍬を渡された。使い倒されたベテランの鍬で刃が薄く持ちやすい。
そんな鍬を俺は右手を自分側に左手を奥側にして握った。上半身を右にねじり父が作った溝から刃を入れた。が上手くできない。全く鍬が引けないのだ。流石に今の筋力や体格では……。
すると近くで見守っていた、父の大きな笑い声が聞こえる。
「鍬を握る姿は様になっていたが、まだ早かったかな」
「悔しい。本当はもっと上手くできるもん」
「貸してみろ」
父は俺の後ろに来て一緒に鍬を握ってくれた。
「いくぞ、せーのっ!」
父と一緒に作った1メール程の溝はガタガタで溝の深さも差がある。いくら体が小さいとはいえ、不甲斐ない結果だ。それでも父は楽しそうに、頭を撫でてくれて感謝を伝えてきたのだった。
「よし、続きはお父さんするから、小屋からジャガイモの種芋を持ってきてくれるか? 綺麗な緑色の葉が少し出ているからすぐ分かるだろう」
父に鍬を返し小屋に入ると、中にはいろんな道具や謎の袋なんかが転がっていた。少し捜し歩くと、木で作られた箱からジャガイモの葉が出ているのを2箱見つけた。芽出しをしていたようだ。
そんなに大きくはなかったが土と芋が入っているので重い。なんとか箱の片側を持ち上げ引きずりながら畑まで運んだ。
「お父さん、2箱とも植えるのー?」
畑の奥側へ向かって鍬を使う父に聞こえるよう、大きな声で叫ぶ。
「あぁ、2つとも持ってきてくれ」
返事を聞きもう一度小屋に戻り、2箱目を持ち上げる。畑に戻ると父が箱を傾けて種芋を出していた。
「アグリ、これ毒だからな、気を付けろよ」
「えっ、そうなの? 食べ物なのに毒があるの?」
もちろん、そんなこと知っている。有名な話だ。だが父の尊厳を守るため知らないふりをした。
「じゃあ、アグリ。この種を芽が出てる方を上にして置いて行ってくれるか? 間はそうだな、これくらいか」
父が指示したのはだいたい三十センチくらいだ。
父の指示通り種芋を先ほど掘った溝に置いていく。後で土を掛けたときに種芋が動いてしまわないように、置いた後少しだけ土にぐりぐりと押さえつける。しばらくこれを繰り返していたらガタガタの溝に到達した。俺が父と作った場所だ。
「お父さん、ここ直さなくていいの?」
後ろで土を掛けていた父は、きょとんとした顔でこちらを見た。
「なんでだ? アグリが頑張って作ってくれたんだろ」
「でも、ちゃんと生らないかもしれないよ?」
「そんなことないさ。アグリが一生懸命作ったジャガイモのお部屋、きっと気に入ってもらえるよ。それに、もし生らないとしてもそれはアグリのせいなんかじゃないよ。俺たち農家は野菜を育ててるんじゃない。育てさせてもらってるんだ。一番働いてるのは、空から来る光や水、そして土なんだから」
確かに……、そうかもしれない。人間は恩恵を受けているに過ぎない。何だか忘れていた初心ってやつを思い出した気がした。そんな農業は楽しいだろうな……。
俺はガタガタの溝にも大きくなれよと気持ちを込めてジャガイモを植え、すべての種芋を溝に置き終わった。俺は小屋に戻り、袋に入っていたもみ殻を畑に持っていく。
「お、アグリ、持ってきてくれたのか。よく分かったな」
あ、しまった。何の疑いもなく次やる工程を父にも聞かず先回りしてしまった。この世界でジャガイモを植えるのは初めてだ。不自然すぎる。何か言い訳を言わなければと周りを見渡し、目が行ったのは隣の畑。
「あ、あぁ、ほらこっちの畑に同じ芽が出てるでしょ? そこに撒いてあるから必要かなと思って」
「おっ、本当だな。アグリはよく周りを見てるな」
何とか誤魔化せた。安心してホッと一息吐く。
ジャガイモの種の上にもみ殻を撒くのはセオリーだ。保温や保水。霜対策にもなる。そして何よりジャガイモを収穫した後に片付けなくていいのが楽で良い。
「じゃあアグリ、もみ殻もお願いする」
「分かった」
父が軽く土を掛けた上からもみ殻を掛けていく。かなりたくさん掛ける。これでジャガイモの暖かい布団の完成だ。
「おぉ、アグリ上手いな」
父に褒められるともっとやろうと思ってしまうのはなぜだろう。こんな気持ちになるのは久しぶりだった。昔はそんな事なかったのに……。少し丁寧に出来ているのかな。
作業が終わり、2人で畔に座った。
「アグリが手伝ってくれたから早く終わったよ」
「ジャガイモたくさんなると良いね」
「そうだな、楽しみだな」
父と休んでいる遠くから子供の声がした。近くの広場で遊んでいるみたいだ。少し様子を伺う。
「気になるなら見てくると良い」
「でもお手伝いが」
「大丈夫だ、アグリのおかげでほとんど終わったよ。それに友達を作るのも良い経験になる。行ってきなさい」
友達か……。けっこう、いやかなり緊張する。友達ってどうや作るんだっけ……。でも、せっかくのチャンスだ、勇気を振り絞り、声がする方へ向かった。
広場を覗くと同じ年くらいの3人の子供が、ボールのような物を追いかけていた。どう声をかけたら良いのか。迷惑じゃないだろうか。邪魔にならないだろうか。怪しいとか、怖がられたり……。
「大丈夫?」
3人がこちらを見て不思議そうにしている。どうする、完全に初対面失敗した。何か、何か話さないと……。
「だ、大丈夫」
かすれた声、目が泳いでいるのを自分でも分かった。だめだ、父のもとに帰ろう。そう決めた時、嬉しい声が聞こえた。
「一緒に遊ばない?」
「え……」
急な誘いに驚き、変な声が出てしまった。でも、誘ってくれた。友達が出来るかもしれない。遊びたい、一緒に!
「うん!!! 遊ぶ!!!」
おいでと手を引かれ4人は走り出す。
「お名前なんて言うの?」
「アグリ、俺の名前はアグリだよ」
「よろしくねアグリ。私はジュリよ」
「俺はリユン」
「俺はロットだ」
「ジュリ、リユン、ロット。みんなよろしく」
これはもう友達なのか? そうなのか!?
それから俺たちは時間を忘れて遊んだ。大切な時間を取り戻すように、友達とのかけがえのない時間を楽しむ。何も特別な事はしていないのに、みんなで居れば笑えてくる、笑顔になれる。こんなに楽しいなんて知らなかった。友達、最高。
「少し休憩」とのリユン声で4人は、村の井戸を囲んで寝ころんだ。
みんなの笑顔の額には、輝かしい汗が流れる。気持ちのいい風が、葉っぱの擦れる音と一緒に吹くと熱かった体が冷え、心地が良かった。
「そういえば知ってるか? バーハルって」
意味深な言葉を口にしたのはロットだ。起き上がって井戸に寄りかかっている。
「私も聞いたことあるわ、神様からの試練でしょ?」
「なに? それ」
初めて聞く言葉バーハル。神からの試練? この国は神を信仰してるか?
「父さんが言うには、世代が変わったから俺らが大きくなったタイミングで来るんじゃないかって言ってた」
「何だか怖い話ね」
「でも、大丈夫なんだよね? 達人が来るらしいし」
達人? 勇者とかじゃないのか?
「そうそう、その達人が対処の方法を教えてくれて、みんなで乗り越えるんだって」
なるほど。達人が自分の持ってる技を教えてみんなで対処するのか。すこし面白いな、将来会えたりしないかな。
みんなでそんな雑談をしていると、遠くの方で聞こえたのは父の声だった。
「アグリー、そろそろ行こうかー」
「アグリ、お父さん呼んでるわよ?」
「うん」と立ち上がりみんなの方に体を向ける。今日は楽しかった、友達になれたかな……。
「今日はありがとう、遊んでくれて楽しかった。ま……」
「またな!!!」
「またね!!!」
「また一緒に遊びましょ、アグリ」
「うん!!! また!!!」
手を振りながら父の元へ駆ける。もう一度立ち止まり振り向いてみると、まだ手を振っていた。友達……。良いな。大切にしよう。
「友達、出来たみたいだな」
「うん! 楽しかった」
「良かったな」
家に帰る道を歩きながら、父に今日の事を話していた。父は自分の事のように笑顔で聞いてくれた。それでバーハルの事も聞いてみると、想像とは違い軽い返事で驚いた。
「そうだな、そんな時期かもしれないな」
そんなに深刻なものではないのだろうか。まぁ、分からないことを想像してもしょうがないか。
「お母さん、ただいまー! 今日ね、お友達が出来たんだよ」
「そう、良かったわね。でもその前に手を洗ってきなさい」
「はーい」
俺は母にも今日あったことを話した。母も父と同じく、嬉しそうに聞いてくれた。こんなに楽しい毎日がずっと続いたら良いな。
それから俺は出来た友達3人の顔を思い浮かべながら、今日の事をノートに書いたのだった。
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