第4話  市場 (後編)

 母の手をしっかり握りながら、魔石が売っているお店を目指している。すれ違う人に肩を持っていかれないように、歩く事だけで必死だった。


 この世界には魔法使いが居る。だが、かなり数が少なく貴重な人財だそう。それに、俺たち一般人は魔法使いに頼る生活をしている。魔法使いから買う魔石を使って部屋を灯し、料理を作り、体を綺麗に洗うことが出来ている。魔石は俺たち一般人にとってインフラなのだ。

 そんなありがたい魔法使いは国によって管理され、魔法使いが生まれたら国に報告する義務があると聞いた、六歳から訓練学校に通い、それぞれの道を歩むことになるらしい。

 大変な職だが国を守り、魔法使いが世界を回していると言っても過言ではない働きをしてくれている。


「ここよ、アグリ」

「お店に魔法使いが居るの?」

「そうよ、お母さんのお友達の娘さんが魔法使いで、このお店を作ったんだって」


 店の看板には『アリア』と書かれていて、魔石のような絵が描かれてある。木製の建物は独特の雰囲気を出していて味がある。ちょっと怪しい感じがとても好きだ。


「いらっしゃいませ」


 店に入ると若い女性の声が響いた。灰色の美しい髪を伸ばし、紫色の服に長めのスカートを揺らしている。怪しさなんて一切ない、その姿に俺は目を離すことが出来なくなっていた。


「こんにちは、アリア。お母さん居られるかしら」

「もしかして、へベルさんですか? お久しぶりです」


 アリアと呼ばれる女性は、母と俺の方を交互に見て驚いたように声を出した。


「お母さん、呼んできますね」


 そう言うと店の奥に入っていった。向かった先から、母の名を叫ぶ声が薄っすら聞こえる。

 その間に店の棚を眺める。たくさんの魔石が並んでいて、まるで宝石店のようにきらびやかだ。一般的に家庭で使う小さな魔石や、仕事に使ういわゆる業務用魔石も並んでいた。


「お母さん、いろんな魔石があるんだね」

「そうね、どれも魔法使いさんたちの努力の結晶ね」


 しばらくすると奥から女性が出てきて、歓喜の声を上げた。両手を大きく広げて駆け足で近寄って来る。


「マリー、久しぶりね」

「へベル! 久しぶり!」


 マリーさん、この人が母の友達らしい。久しぶりの再会だったのか二人は抱きしめ合ったっている。同い年くらいだろうか。同窓会で再開したみたいだ。


「あ、ごめんなさい。魔石だっけ?」


 再会の喜びに夢中だった二人はしばらくして我に返って言った。そう今日の目的は魔石だ。でも、母は俺を育てる為に自分を犠牲にして、友達に会うのも我慢していたと思うとこの時間も悪くはない。もう少し楽しんでほしいな。


「えぇ、アリア頼めるかしら?」

「はい! 何を用意しましょうか」


 母は「これをお願い」と袋に入った魔石をカウンターに並べた。いつも家で使っている物だ。

 アリアさんはその魔石をじっくり観察すると1つの魔石を手に取った。


「へベルさん、こちらの火の魔石、変え時だと思います。どうしましょうか」

「分かったわ。新品を用意してもらえるかしら」

「分かりました」


 アリアは出された魔石をカゴに入れると、奥の作業場に向かった。俺はその姿を目で追い、背伸びしてカウンターの奥を眺める。


「お母さん、魔石作るところ見てみたい」


 やはり魔法には興味がある。どんなものなのか、どうやって使うのか。どんな力なのか。この世界に来てまだ魔法を見た事がない。どうにか見せてもらえないものか。


「アリアさんに聞いてみなさい」


 母からのお許しを貰って、アリアさんに大きな声で呼びかけた。


「アリアお姉ちゃん! 魔石作るところ見てみたいんだけどだめかな?」

「おねっ――。良いわよ。来なさい」


 少し動揺していたのは気のせいではないだろう。顔が赤くなったのを見逃さなかったぞ。お姉ちゃん作戦成功だ。俺はカウンター横からアリア(お姉ちゃん)の方へ向かった。


 作業場は良い香りがする。紅茶だろうか、甘いんだけど、爽やかなそんな空気が鼻を通った。


「名前は?」

「アグリだよ」

「良い名前ね、アグリ。危ないからこの椅子に座って見てなさい」


 頷いてから、用意された椅子に座る。

 アリアは作業台に着くと、黄色の魔石をホルダーにセットした。気持ちを切り替えるように、ふっと息を吐いて魔石に手をかざし始めた。

 しばらくすると、魔石は明るさが増し輝きを取り戻した。魔力って目には見えないのか……。正直、もっと派手なものだとイメージしていたため、少しあっけなさを感じた。でもこれが日常で大切な仕事なのか。


「アリアお姉ちゃん、今魔力を魔石に注いだってこと?」

「そうね、だいたいあってるわ。正確には、魔法を一般の人でも使えるように魔力を変換して魔石に込めているの。見かけによらず難しいのよ」

「そうなんだ。アリアお姉ちゃんのおかげで生活できるんだね」

「そ、そうね。感謝してよね」


 大袈裟な誉め言葉を真に受けたのか、顔を赤く染まっていた。それを誤魔化すように「続けるわ」と、母の持ってきた魔石に次々と魔力を込めていった。


「火の魔石は買い替えだったね」


 次の作業に移る前、メモをした文字を見ながらすっと立ち上がり、奥の棚に向かって行ったアリア。向かう先にはキラリと光る物の一部が見える。


「買い換えないとどうなるの?」

「魔石は消耗品だから定期的に新品にするの。そうしないと魔力効率が悪くなるの。まぁ、簡単に言うと魔力の減りが早くなってしまうのよ」


 アリアお姉ちゃんは話しながら半透明の魔石を棚から取ってきた。棚にたくさん並んで光っていた物だ。


「それは?」

「新品の火の魔石よ」

「透明なの?」

「そうよ、魔獣から取り出された魔石は洗浄すると個体差はあるけど、ほとんど透明なのよ。色は一般の人が使う時に、困らないようにって、魔法使いが力を込める時に付けているのよ」


 知らなかった。魔法って使いやっぱりすごい。魔法使い様様だ。この世界を支えている、魔法使い。俺も練習したら使えたりしないだろうか。こっそり練習してみようかな。


 比較的短時間ですべての作業が終わり、2人で魔石を持ってカウンターに出た。

 すると母とマリーさんが楽しく会話をしているのが見える。


「へベルさん、お待たせしました」

「ありがとう、アリア。またお願いするわね。アグリの事もありがとう」

「こちらこそありがとうございます。またお待ちしています」


 アリアお姉ちゃんがなんとなく別人に見えるのは気のせいだろうか。さっきまで顔を赤くしていたのに。

 俺は母の元に向かうと「いい子にしてた?」と聞かれた。


「アリアお姉ちゃん、すごかった」

「そう、良かったわね。じゃあ、そろそろ行きましょうか」


 お金を支払った母は、マリーとアリアに手を振り魔石屋アリアを後にした。また会えたらいいな。魔法とか教えてもらえないかな。


「さて、最後にお買い物して帰りましょうか。アグリも好きなもの、見つけないとね」

「うん!」


 母の顔を見上げながら手を繋ぐ。

 人混みをかき分けながら歩く。母は必要な物を見つけると店に立ち寄り、必要な分だけ購入していく。俺もちらちらといろんなお店を覗きながら付いて行った。

 欲しい物を探してはいるが、お小遣いの使い道にはもうすでに目星を付けていた。そのため、それが売っている店を探しながら母と歩く。


 しばらく歩くと、少し先にお目当ての物が売っていそうな店を見つけた。屋台のような露店だ。


「お母さん、あのお店見たいからここで待ってて」

「え? 一人で行くの?」

「一人が良いの。すぐ帰って来るから」


 まぁ、さすがに心配か。しかしこれは、母に知られてはいけない買い物だ。何とかお願いしてみるが、思うようにはいかなかった。それでも母は俺の意見も尊重してくれた。


「分かったわ、でももう少しお店に近くなったらね」


 うむ、今回だけは仕方がない。何とか買うものがばれないようにしなければ。母は店に近づいた後「いってらっしゃい」と手を離した。すぐ近くに居るので買う物を背中で隠した。でもなんか笑われている気がする……。


 「いらっしゃい」と店のおじさんが低い声で言ってきた。こんにちはと返してから商品を眺める。意外におしゃれな店だ。屋根から色とりどりの生地が吊るされているのだ。風に揺らされる生地はまるで鯉のぼりのようだ。

 この世界で初めての一人買い物、少し緊張する。何度か所持金と相談しながら買うものを決めた。20カポの商品2つに、10カポの商品をおじさんに頼む。すると頷きながら丁寧に袋に入れてくれた。袋を受け取り小銭入れから50カポを渡した。


「これおまけだ、入れとくな」


 少し怖かったおじさんが、袋に追加で入れてくれたのは鉛筆だった。家にある物を使おうと今回は我慢したのだが、思わぬおまけで口元が緩む。


「ありがとう! 大切に使う」

「あぁ、また来いよ」


 おじさんに「またね」と手を振り、母の方へ向く。が、後ろには人の壁だった。どうしたものかと考えていると、多く人の流れに負けてしまいそうになった。やばい、小さな体では予想以上に踏ん張る事が出来ない。


「アグリ!」


 そんな俺の手を掴んでくれたのは、この世で一番安心出来る母の手だった。やはり心配だったのかかなり近くに来てくれていたらしい。こればっかりは助かった……。


「ありがとうお母さん」

「良いのよ。お目当ての物は買えた?」

「うん! おまけもしてくれた」

「よかったわね。何を買ったの?」

「まだ秘密。家に帰ったら見せてあげる」

「そう、楽しみにしてるわ」


 母との買い物の時間はあっという間に過ぎ、馬車乗り場で馬車を待っていた。


「アグリ、今日楽しかった?」

「うん、美味しいお魚に魔法も見られた!」

「そうね。今度は三人で来られると良いわね」


 馬車が到着し、椅子に座る。赤く染まる空がクラリネの町を覆っていた。そんな美しい街に別れを告げて、馬車はホルンへ向かい走り出した。ツィスに着く頃には暗くなっているだろうか。




「アグリ、本当に楽しそうだったわ」

「そうか、それは良かった」

「コバトさんがプロポーズの場所バラしてたわよ」

「あの人はまた変なこと教えて」


 聞き馴染みのある声が聞こえて目を開けると、俺は父の背中に居た。暖かく大きな背中だ。どうやらずっと眠ってしまったみたいだ。本当にこの年の眠気には勝つことが出来ないな。


「お父さん?」

「悪い、起こしちまったか、もうすぐ家だからな」


 辺りはすっかり暗くなっていて、灯りの付いた家が見えてくる。短い旅だったが無事に戻ってこれた。

 家に入ると母は買ってきたものを片付け始める。その中には、アリアお姉ちゃんが用意してくれた魔石もある。


「アグリ、このまま寝るか?」


 父の提案に、首を横に振った。まだ今日の内にやらないといけない事があるんだ。


「渡したいものがあるの」

「渡したいもの?」


 父は不思議そうにこちらを見る。母も手を止めて、見に来てくれた。

 あのおじさんの店で買ってきた袋を手に取り広げ、中から2人にあげるプレゼントを出す。


「お父さん、お母さん。いつもありがとう。これ2人にプレゼント」


 父にも母にも1つずつ手渡す。「開けていいか」と父が言ったので俺は頷く。この瞬間は相手が誰であろうと緊張してしまう。喜んでくれるだろうか……。

 小さな袋から出てきたのはハンカチ。50カポという限られた予算、2人共に買える物はこれくらいしか思いつかなかった。柄も無いシンプルなハンカチ。


「アグリが選んだのか?」

「うん……」

「そうか、そうか! ありがとう! すごく嬉しい、大切にする」


 父は強く抱きしめてくれた。喜んでもらえて、安心と同時に俺も嬉しくなる。


「ありがとうアグリ。とっても嬉しいわ」


 母は少し涙を浮かべていた気がする。母も一緒に抱きしめてくれた。プレゼントを渡したのは俺なのに、こんなにも幸せなのは何でだろうか。


「自分のは買わなかったのか?」

「ちゃんと欲しい物買えたよ」


 俺は袋から最後の1つを取り出した。


「ノート?」

「うん! 鉛筆はおまけしてくれた」

「そうか。良かったな。何を書くんだ?」

「えーっとねー……」


 このノートにはたくさん書きたいことがある。この世界での思い出、これから食を改善するためにも活用したい。きっとこのノートにはたくさんの楽しい事、新しい経験が記されていく事だろう。大切な両親の事も、友達なんかも出来るかな。

 でもやっぱり最初のページは、今日クラリネに行ってお子様ランチを食べたこと、魔法使いに会ったこと。父と母にプレゼントを贈って自分も嬉しくなったことを書いてみよう。




 このノートの最後のページを書く頃には、家族みんなで美味しいお米を食べていることだろう。

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