16.赤い一閃

「……なんだ?」

 異常を感知した男は、私に向けていた銃を下ろし、扉に目を向けました。


 パン。パン。パン。


 乾いた銃声が、礼拝堂に響きます。しかしそれらは、礼拝堂の中から発せられたものでは無く──外からのものでした。同時に、野太い男性の叫び声が上がっています。


「……」

「ヒック、ヒック……」

 一瞬の静けさが、礼拝堂を支配します。ルノもいつの間にか泣き止んでおりました。


「お、お頭……」

「黙ってろ」


 ばああああん! 


 扉が激しく開かれ、礼拝堂の淀んだ空気が瞬時に入れ替わるような感覚に見舞われます。

 深夜の冷たい夜風が、私の頬を撫でていきました。


「こんばんは。お邪魔するわね」

「てめぇ、何者だ?」

「あら? つい昼までご一緒だったじゃない。通りすがりの回復術師ヒーラーよ」


 彼女は……アリエラさんは、拳銃ハンドガンを携えていました。あの時に私に見せた、護身用の拳銃です。

 回復術師ヒーラー姿とは不釣り合いなその拳銃からはすでに、うっすらと硝煙が漂っていました。


「はっ。拳銃を扱う回復術師ヒーラーなぞ聞いたこと……」

「『来る者は拒まず、去る者は追わず』」

 彼の言葉にあえて被せるように、アリエラさんは語りかけました。それはアークロン牧師がよく口にしていた、諺でした。


「銃弾を食らう覚悟が無いなら、ここからすぐに去りなさいな」

「ふざけたことを」

「ランドリン枢機卿の襲撃でも、考えてたんでしょ?」

「……」

「あら図星? 『沈黙は是なり』よ」

 彼女はゆっくりと、歩み始めました。と同時に、赤ずきんレッドキャップまくし立てます。


「この教会、立地上、街から見えない。けど、林を抜けて一気に駆け下りれば、中央教会の真正面に降りれるわ」

「……」

「襲撃用の武器なら、アークロンのへそくり・・・・があるものね」

 山積みの重火器を指差したアリエラさんは、今度は歩みを止めました。そして、何故かゆったりと長椅子に腰掛けたのでした。足を組み、頬杖すらついておりました。


「さ、もう一度、警告よ。『去る者は追わない』。既にあたし、通報済みだから。暫くしたら騎士団様たちが来るんじゃない?」

「……」

 さらに畳み掛けるアリエラさん。ですがその間、赤ずきんレッドキャップは全く反論せず、ただ、拳銃を彼女に向けて沈黙を保っていました。


「あ、ちなみにさ。あんたらが山中に埋めてった……ノックスご本人・・・。昨夜出発した冒険者さんが見つけて、騎士団に報告済みだそうよ」

「……」

「ダメよあんな埋め方、臭いで野犬が掘り起こすわ。やり方がド素人集団ね」


「撃ち殺せ」


「……め……!」


 彼が発した言葉に対して、私の静止などは全く無意味であることはわかっていました。けれど、声を上げざるを得ませんでした。

 赤ずきんレッドキャップに追従して、部下の男たちもそれぞれ手に持った銃器で応戦します。


 ジェフという男は、先程の散弾銃を連射します。

 大男のトゴは、小ぶりながらも連射が可能な機銃を携えてました。


 耳をつんざく炸裂音が、鳴り響きます。

 このときの私には、ただただ、子どもたちにこの惨状を見せない、銃声を聞かせないよう、二人に覆いかぶさり、耳を押さえることしかできませんでした。


 目の前では、殺戮が行われています。アリエラさんが座っていた木製の長椅子は跡形もなく粉砕し、礼拝堂の壁も無惨な姿に変わりました。


「バカ! 止めろ馬鹿野郎ども! 煙で見えやしねぇ!」

 赤ずきんレッドキャップが銃撃を一旦制します。

 モクモクと、火薬の煙や土埃などで視界が悪く、先程までアリエラさんがいた場所がどうなってしまったのか、よく見えません。


 ですがその煙が晴れる前に、事が進みました。


 ジェフが持つ散弾銃が突如、『パンっ』という音と共に爆発したのです。


「いってぇえええええ!!!」

「なん……っだあああああああ!!」

 ほぼ同時に、トゴがもっていた機銃も、爆発しました。

 先程の『パン』という小さな破裂音も、ハッキリ聞こえました。


 刹那、煙の中から、赤い一閃が走りました。


 その赤い光は、瞬く間に彼ら……トゴとジェフの懐に潜り込み、右手の銃の引き金を引きます。二人の体には、新たな銃創が刻み込まれました。


 全く躊躇のない行動。

 死を恐れない動き。

 それでいて、鮮やかな手際。



 それはまるで……戦場を駆け抜ける、赤たてがみ一匹狼オオカミのようでした。

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