15.決死の覚悟

 その銃の発砲音は、礼拝堂を振動させるほどでした。


「あ、やべ」

「おいジェフ! 商品を傷つけんじゃねぇよ!」


 ジェフと呼ばれた男は、あろうことか、散弾銃を手にしていました。

 エマルに銃口を突きつけられたため、彼は、武器の山から咄嗟に抜き取ったようです。


 広範囲に飛び出した鉛玉が、エマルを襲いました。直撃こそ免れましたが、多くの弾丸が、彼女の体をかすめました。


「かふっ……」

「いやああああああっ!!! エマル!」

 発砲音に驚いたのか、大男の手が一瞬緩みました。その隙に私は手を振りほどき、エマルに駆け寄ります。


「ヒールっ!」

 仰向けに倒れたエマルに、回復術を唱えます。

 鉛の散弾は、彼女の左上半身を奪っていきました。左の肩から手の先まで、見るも無惨な姿に成り果て、左目や耳にも、弾丸は容赦なく浴びせられていました。


 私は叫びたくなる気持ちを抑え込み、なんとか彼女を回復させようと……命を現世に繋ぎ止めようと、回復術を続けます。

 ですが、


「……ああああああああっ!!!」

 エマルは、抉られた半身の痛みで叫び声をあげました。痛みで、気を失うこともできないのです。


 私が命を救うべく回復をするたびに、彼女は激痛を被ってしまいます。

 私の回復術が未熟なため、鎮痛作用を与えることが叶わなかったのです。


「……うわああああああああん!!!」

 ルノが音に驚き、目覚めていました。何が起こったのか理解できない幼子は、ただ、鳴き声を響かせることしかできません。


「……あーあ、ヤっちまったな。小児愛好家ロリコンやろうに高く売る手筈だったのに」

「お頭、すんませ……痛って!」

 ノックスは拳銃の裏手でジェフの頭を小突きました。しかし本気で怒っている、という感じではなく、友人の失敗を茶化すような態度でした。


「まあ、いいや」

 彼は礼拝堂の祭壇に上り、私達を見下ろしました。

 私が決死の思いで回復術を唱えるたび、一瞬意識を取り戻したエマルが、再度痛みで絶叫する。そして訳も分からず、ルノは只々、泣き叫び……。


 この現状を、彼は楽しんでいました。


「お? すげぇ、傷が塞がったぞ」

 何度も何度も。

 弱い回復術ではありましたが、なんとか、止血まで漕ぎ着けることができました。


 しかしエマルは、今度は意識が戻りません。

 そして私の力では、失った身体の再生には至りませんでした。


「……あ……ああああっ……」

 欠損した体のことを思うと、ここで息を吹き返したとして、これからの彼女にとっては大きなハンデになってしまいます。

 それが不憫で、また、悔しくて仕方がありませんでした。


 絶望し、力なく項垂れている私の後ろに、ノックスが近づいてきます。


「わりぃな、うちの部下が勝手しちまってよ!」

「……は?」

 ノックスの言い分を、私は理解しかねました。ですが、彼の次の言葉は、私を凶行に借り立たせるには十分でした。


「ま、欠損嗜好家そういうシュミも多いから、将来安泰だなっ!」


 私の中で、何かが吹っ切れました。


 咄嗟に、エマルが持っていた拳銃ハンドガンを拾い上げます。

 銃を直に触っただけで、過去のトラウマが私を襲います。しかしこの時、私はその思いを凌駕する感情に支配されました。


 僅かな記憶を頼りに、拳銃を握り、構えます。もちろん銃口は彼──ノックスに向けて。

 そして、私自身もノックスを睨みつけていました。眉間にしわを寄せ、歯を食いしばり。涙も流しておりました。


「……お? 打てるのかい? 拳銃恐怖症のサラサちゃん」

「……あああああああああっ!!!」

 今まで出したことのない声量で、私は叫びました。

 手は震えますが、両手で強く抑え込みます。

 照準はうまく定まりませんが、この近距離であれば、どこかしらに銃弾は当たります。


 そして私は、渾身の力を込めて、引き金を引きました。




 ですが、引き金は微動だにしません。




「なん……で」

「この拳銃、安全装置がついてるんだよ……ここにね」

 そう言うとノックスの右手が、私の握る拳銃ハンドガンを覆います。

 彼は『パチン』と、何かのレバーを操作すると、そのまま拳銃を奪いました。


「ああっ!」

 決死の覚悟で拳銃を構えたのに、何もできなかった自分が無念でした。

 彼は奪った拳銃──エマルの両親の形見の拳銃の銃口を、私の眉間に押し付けました。


「残念だったねシスター。荷物になるから、やっぱここで処分するよ」

 彼の手は血まみれになっていました。奪われた拳銃のグリップ部分を介して、ボルドー様や、エマルの血液で汚れたのです。


「……そういや、自己紹介してなかったなぁ」

 するとノックス──いえ、彼は、その手で自身の髪をかき上げました。

 オールバックにした髪が血に塗れ固まり、銀髪は、濃く深い赤い色に染まります。


「戦場の返り血で染まる髪……。これが、アークロン私設軍団員『赤ずきんレッドキャップ』の、名前の由来さ」


 そして三度みたび、教会に銃声が響きました。

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