13.鮮血 〜SARASA's side

「……ヒールっ! ヒールっ!!」

 わたくしの両手も、着衣も、鮮血で汚れました。

 しかしそれは些細なことです。


 女神に祝福されていない回復術は、とても弱々しく、この傷を完治させることは到底不可能でした。なので私は傷を押さえながら、せめて止血だけでもと、一心不乱に回復術を唱え続けました。


「ボルドー様! ボルドー様!」

 彼の身につけていた軽鎧ごと、銃弾が貫通しました。おびただしい量の血液が、礼拝堂の床を赤く染めます。


「……っぷはっ!! はーっははははっ!!」

 彼──ノックスは、笑っていました。

 手に持つ銃からは、硝煙が立ち上っておりました。


「ノックス牧師! 一体どういうことです!!」

 私は涙目になりながら、強い口調で尋ねました。その間もボルドー様の傷を押さえ、なんとか傷口を塞ごうと必死でした。


「まだ、わからないのか?」

 すると、示し合わせたかのように、礼拝堂の入り口が激しく開かれ、屈強な男たちがゾロゾロとやって来ました。


「お頭っ! 待ちくたびれたぜ」

「トゴ、ガキが二人いるはずだ、見てこい。ジェフ、書斎に隠し部屋・・・・が有る。調べろ。残りの奴らは、外で見張ってろ」


 私は全く理解が追い付いてませんでした。

 突然撃たれたボルドー様の傷を癒やしながら、只々、男たちが居室に向かうのを見ていることしかできませんでした。


 そして、拳銃を握ったノックスは、私に銃口を向けました。そのままの格好で、私に近づきます。


 ゴリっ。


 私のこめかみに、その長い銃口が押し付けられます。


「あ……」

 あまりのショックに、私は気を失うかと思いましたが、必死に堪えました。

 私がここで回復術を止めてしまうと、ボルドー様が助からないかもしれない。その一心で、意識を保ち、回復術を続けました。


 その姿を見て、ノックスは大きく舌打ちをします。

「……んだよツマンネぇな」

 ノックスは膝を屈伸し座り込み、私とボルドーを交互に眺めました。


「サラサちゃん、この拳銃、すげぇだろ」

 ノックスは、銃口を更に強く押し付けました。私はとうとう耐え難い恐怖に負け、小さな悲鳴が口から漏れました。体中が恐怖で震え、回復術もまともに詠唱できなくなりました。


「これね、貫く者ペネトレータっていう拳銃。軽鎧くらいなら簡単に貫けちまうんだ」

 すると彼は、銃口はそのままに、空いた手で私の被っていた修道女のベールを剝ぎました。長い黒髪が露わになります。


「えっ……ぁあああああああぁぁっ!!」

 彼はベールを放り投げ、今度は私の髪を鷲掴みにし、持ち上げました。

 急に髪を引っ張られ、驚きと激痛で、悲鳴にならない悲鳴を上げてしまいます。


「アークロンの部屋に並んでいた銃の一つだ。こんなの、護身用にしては立派すぎるよな」

 そう彼は述べると、改めて銃口を押し付けます。そのときの彼の目はまるで、新たに手に入れた拳銃おもちゃを大人に見せびらかす子供のようでした。


「お頭ぁっ! こいつはすげぇぜ!」

 そこに、ジェフと呼ばれた細身の男が戻ってきました。彼は何丁もの銃を両手いっぱいに抱え、また、数多くの銃を背負って戻ってきました。


 種類はさまざまでした。狩猟で使われるポンプ式の散弾銃に、おびただしい数のハンドガン。更には、望遠鏡が付いた細長い銃に、太い筒形状の重火器もありました。


「ここの神父様は、戦争をしたかったみたいだな」

 ノックスの言葉を受け、現実を見せられても、私は信じられませんでした。

 いえ、信じたくなかったのだと思います。


「なに……これ……知らないっ!」

「書斎の本棚が隠し扉になっていたんだ。盗賊のジェフが仕掛けを解いたのさ」

 そのジェフという人物はせかせかと、書斎と礼拝堂を往復しております。あれよあれよと、大量の銃が山になりました。


「お頭、これで全部だ」

「上等じゃねえか、これで『明日の仕事』が捗るな」

 ノックスは再び笑いました。耳障りな、非常に下品な笑い方……私が知るノックスはもう、ここにはおりません。


「ガキを一人見つけたぞ」

 居室の通用口から、大男が現れました。彼の腕には、ルノが寝息を立てて抱かれておりました。

 大男は、ルノを礼拝堂の長椅子に横たわらせました。持ってきていた毛布を下に敷き、ルノが起きないようゆっくりと扱うさまは、幼児の扱いに慣れているようでした。


「ガキの扱いうめぇな、トゴ」

「まぁな、この年代の品物ブツをよく取り扱ってたからな」

「……!!」

 一瞬にして、私の顔が青ざめます。髪を引っ張られて頭に血が上っていましたが、サッと血の気が引きました。


 彼らは、私達を商品として売り払うつもりです。


「エマルが居ないな……まあ時間の問題か」

 ノックスは独白すると、改めて私のほうに顔を向けました。


「教えてやるよ、アークロンのこと」

 髪を捕まれ動けない私に、彼は更に顔を近づけます。


 彼の銀髪が私の頬をくすぐりますが、もう、あの時のような感情は生まれませんでした。

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