11.夜の礼拝堂
「それで、追い出しちゃったのか」
「……」
私は、ノックスの言葉に心の底から反省いたしました。
ルノが、私のお皿に盛られた夕飯の芋を取ろうと手を伸ばしました。しかしそれをエマルが制します。
「いいわよ、ルノ。あとエマルも食べて」
私は食欲が無く、夕食には全く手を付けておりませんでした。蒸した芋は子どもたちに分けました。
「サラサ姉さま……私のせい?」
「ううん、違うの。大丈夫よ」
エマルはずっと、アリエラさんのことを
「来る者は拒まず、去る者は追わず、さ」
ノックス牧師が割って入ってきます。これはアークロン牧師がよく口にしていた、『
「それと、明日は明日の風が吹く。あまり気にすると心が病む。常に心は清く、な」
「……はい」
牧師に励まされ、少し気を持ち直すことが出来ました。
エマルは私の芋には手を付けず、お皿に戻しておりました。
***
夕食を終え、子供たちは着替えを済ませて自室に戻ります。
今夜は、エマルにルノを任せました。『昼に世話をしなかった分、今夜は寝かしつけをする』と彼女が申し出たので、私はエマルの意見を尊重しました。
「ランドリン枢機卿は、こちらには来ないでしょうね」
明日は、ランドリン枢機卿がこの街にやって来ます。建設中の教会の視察とのことで、これが出来上がると、管轄は
そうすると、私達のこの教会も、お役御免になり取り壊しが始まります……。
もともとノックスは、本教会の封鎖に向けて、
「枢機卿、こちらに来ていただけると助かるのですが……」
ノックスがほほえみながら返します。
そんなことを話しながら、夕飯の後片付けをしてました。
「やっと、終わる、か……」
ノックスは、ボソリと漏らしました。
予定より長く、さらに牧師代理という、想定外のお勤めもこなしていた彼には、苦労を掛けさせてしまいました。
すると、そんな彼の雰囲気がなんとなく、いつもとは異なるように感じました。
「……ノックス?」
違和感を覚えた私は彼に呼びかけました。
「シスター・サラサ、夜、ちょっといいかな」
なにかを決心したかのような、強い眼差し。じっと私を見つめたかと思ったら、真っ直ぐに近づき、顔を近づけました。
急な行動に身構えてしまい体が硬直しました。彼の銀髪が、私の頬を擽ります。
すると彼は、私の耳元で囁いたのです。
「伝えたいことがあるんだ、今夜、礼拝堂で待つ」
そう呟くと彼は直ぐ身を引き、自室へと戻っていきました。
突然の行動に、私はしばらく唖然と立ち尽くすしかありませんでした。
***
夜の礼拝堂。
灯りは、燐鉱石の光がぼんやりと点っています。
ルノは当の昔に眠りにつき、エマルも今は夢の中です。
ノックスに呼び出された私は、困惑しながらも、言われたとおり礼拝堂に参りました。
あのとき耳元で囁かれた彼の声色は、今まで職務を共にしていたときとは全く異なっておりました。
彼の声を耳元で聞くと、心臓がドキリと跳ね上がったのがわかりました。
誰もいない礼拝堂で、彼が来るのを待っておりました。
すると、入り口の扉が開いたのです。
「ノッ──えっ」
ノックスだとばかり思っていたのですが、現れたのは、騎士団員のボルドー様でした。
「夜分、申し訳ない」
カツカツと靴音を立てながら、急ぎ足で私のほうに向かって来られます。そのお顔は、なにか焦っているような、鬼気迫るような、そんなお顔でした。
「ボルドー様、いかがなさいました!?」
「アリエラという女はどこに行った?」
私の質問は、ボルドー様の声にかき消されました。
「え、あ……彼女なら、追い出しました……」
ボルドー様は彼女を探していたのでしょうか。そうしますと、私が彼女を追い出したことを少し後ろめたく思いました。
「いや、そうか、それなら、よかった」
「え? よかったとは?」
なんとも煮えきらないボルドー様の返答に、私は疑問で返しておりました。しかし私の質問には答えず、彼は私の両肩をガシッと掴みます。
「え、え、ぼ、ボルドー様?」
「子供たちは寝ているな、サラサ、よく聞いてくれ」
あまりに急な展開に、私は動けませんでした。成人男性の力で押さえられた体は微動だにできません。
「あ──」
「待ってください」
その時、ボルドー様を静止する声が響きました。──ノックスです。彼は、居室側の出入り口から現れました。
「……」
そんな彼を、ボルドー様が睨みつけておりました。非常に鋭い目つきで、眉間にはシワがよっておりました。
そして一方、ノックスの方も、ボルドー様を睨んでいました。
「おまえ……察したな」
「──えっ」
ボルドー様が、声を漏らしました。私はその意味が全く理解できず、ボルドー様とノックスを交互に見ることしかできませんでした。
その刹那、礼拝堂に凄まじい音が響きました。
紛争の時に、何度も耳に入った音。
私の運命を、大きく捻じ曲げた音。
もう二度と、聞きたくなかった音。
──それは、拳銃の発砲音でした。
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