10.平等化《イコライザー》
アークロン牧師様の書斎兼居室には、鍵が設けてありました。生前、アークロン様はこの部屋だけは、自由に出入りを禁じていました。
私は持っている鍵で扉を開け、アリエラさんを招き入れました。
「ほほおー」
開口一番、彼女は部屋を見渡し呆けておりました。
「アークロン牧師の部屋は、ほとんど触っていません」
「ということは、アークロンの生前の趣味ってところかしら」
書斎、という名前に偽り無く。
部屋の左側には本棚が設置され、難しそうな本でびっちりと埋まっておりました。
そして右側には、何本かの拳銃が飾られていました。その中に、エマルの持っていた拳銃も保管されておりました。今はいずれも、鎖と錠前で固定して、持ち出せないようになっています。
(……うっ)
アークロン牧師様は、護身用にと、拳銃を所有しておりましたが、私はこの部屋の雰囲気が苦手でした。いつ来ても、息が詰まりそうになります。
黒光りする拳銃。それらが何時か、私達に銃口を向けるのではないか……。
すると彼女は、いつの間にか牧師様の使っていた机に向かい、勝手に引き出しを開けているではありませんか。
「あの! 流石に身勝手すぎませんか!?」
あまりの自己中心的な行動に、私は少し声を大にして、怒ってしまいました。
「あ、ごめんごめん。つい昔のよしみでさ」
アリエラはそう笑いながら答えました。
育ての親だとしても、礼節が無さ過ぎないだろうか。彼女の飄々とした態度に、私の神経がさらに逆なでされます。
「それにしても、拳銃……は理解できるけど、本、ねぇ」
そういいながら、またしても彼女は、本棚から本を一つ抜き出しました。
私からすると、ここに並ぶ本は非常に難しい内容であり、手を付けておりません。そもそも私としては、牧師様が使っていた物をそのまま残していたい、という思いが強かったのです。
「アリエラさんっ!」
「ふうん、なるほどね」
「えっ……!」
ばっ! と彼女がページを開くと、それは本の中に埋まっていました。ページをくり抜き、それがピッタリと収まるように加工されていたのです。
「本棚全部、ってわけでは無いわ。一部だけね。牧師様はよっぽど
本に挟まっていたのは、
まさかこんなところに、拳銃が隠されているとは思いもしませんでした。
「エマルちゃんもさ、形見の
彼女は本のくぼみから拳銃を取り出し、そしてまじまじと見つめました。
「……牧師様のご意見で、私が唯一反論したものです」
「拳銃の所持?」
「はい、拳銃は、人殺しの道具ですから」
先の紛争で、多くの重火器が使われ、人を殺めました。私もその怖さを、嫌というほど知っております。
ですが、アークロン牧師様は拳銃を手放しませんでした。
「アークロン様は口々に語っておりました。拳銃は、弱者が強者に対抗するための『唯一無二の手段だ』と」
「なるほど、彼らしいじゃない」
「……」
彼らしい、と言われ、私は何も言い返せませんでした。
拳銃とは、引き金を引けば、誰でも簡単に命を奪えてしまうものです。
しかし、アークロン牧師は『弱者こそ銃を持て』と、私やエマルに、銃の撃ち方を教えました。
エマルが、両親が遺した拳銃を使った復讐を考えるようになったのも、銃の扱いを覚えてからです。
ですが。
たとえ自分の命を守るためでも。
たとえ大切な人を守るためでも。
私は、アークロン牧師を親愛していますが、しかしながら拳銃への考え方は真逆でした。
私は、拳銃が大嫌いでした。
「……だからこそ、この
「えっ」
私の考えを見据えてかどうかは真偽不明ですが、神妙な顔つきであった私に、アリエラさんは笑顔で、本から抜き出した拳銃を見せびらかしたのです。
「この銃の名前知ってる? ……わけない、か」
彼女は、非常に慣れた手つきで拳銃を扱い始めました。
私は、アークロン牧師様が語る銃の話は、いつも流し聞いていました。ですが、拳銃の仕組みについて熱く語る牧師様の顔は、何故か焼きついていました。
「『イコライザー』。この銃の名前よ」
「
銃の説明など聞くつもりはありませんでしたが、銃のネーミングに、ほんの少し興味を奪われました。
「そ。女子供でも扱いやすいよう小型化、けど程よい重さで重心がぶれにくい。純規格の弾丸の火薬量は抑えてあって、発砲時の反動が少ない。ただし致命傷になりにくい。弾丸はグリップ部分にマガジンで装填するけど、特殊なスプリングによって、本来と異なる異径の弾倉も仕込める──」
説明を聞いた私は正直、イラついてしまいました。
どんな説明を聞いても、それは人を殺すためだけのモノに代わりはなかったのです。
『
「御詳しいのですね」
少しでも興味を持った自分が腹立たしく思え、
しかしアリエラさんは、私の感情を汲み取ること無く、嬉々として背中からポーチを取り出しました。
それは先程の本よりも一回り小さく、手に持っていた拳銃がちょうど収まる大きさでした。
「だって、私も同じ
チャキ、と音を立てて、彼女が拳銃を取り出しました。それは、彼女がもう一方の手で持っていたものと、寸分違わないものでした。
「護身用に──」
「出て行ってください」
アリエラさんの言葉に被せるような格好で、私は言いました。強く、ハッキリとした声で、彼女を──拳銃を拒絶しました。
そのときの彼女の顔は、覚えておりません。
私の目は涙で溢れ、滲んでいたのもありますが、あえて彼女を見ていなかったのかな、とも思います。
私自身、発した言葉尻の強さに驚きましたが、さらに私は、先程よりも強く通った声で、吐き捨てるように述べました。
積もり積もった不満が、ここで噴出してしまったのです。
「
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