6.牧師と修道女

「申し訳ございませんでした、導師様・・・っ!」

「すいませんでしたっ!!」


 牧師と修道女が揃って、頭を下げた。

 まあ、保護してる子供が傷害未遂なんて犯した日には、ただただ平謝りするしかありませんわな。


 そして彼らは一緒になって、おさげの子──エマルの頭を押さえて下げようとしていた。けど、彼女は頑なにそれを拒み続けていた。


 自分の信念は曲げないという強い意思が滲み出ていた。いわゆる、自分の非を認めない超頑固さん。


「おふたりとも顔を上げてください……こちらも怪我無く済みましたし。ほら、女神様もお許しくださいますよ」

 そんな姿を見兼ねて、あたしは礼拝堂に佇む女神様の像を指差した。


 そんな、上辺だけの気遣いではあったが、牧師様も修道女様も、あたしがエマルちゃんの行為を、女神様の名の下に不問にしたことを安堵していたようだ。


「丸く収まって、何よりだったな、シスター・サラサ」

 駆けつけてあたしたちを保護した騎士団員──名前をボルドーという──は、聞くところによると、以前からこの丘の上の教会に足繁く通っていたとのこと。


 そんなボルドーが、サラサと呼ばれたシスターに微笑み掛けていた。

「対応したのが、僕で良かった」

「……はい、ありがとうございます、ボルドー様」


 むむ。むむむむ。

 なんだこの二人の『お似合い』っぷりは。


 彼はいわゆる男前だった。スラッとした顔立ちでありながら鼻筋は高く、身長も高い。黄金色の長髪もよく似合っている。

 そしてサラサという修道女も、幼さを残しつつ大人の色気を感じさせるような、美しい女性だった。愛らしい大きな瞳に、色白の肌。修道服のベールから覗く、黒い艶やかな髪……。


(あたしとは大違いね。うらやましいわ……)

 こちとら、お目々はまるで狐か狼のような釣り目で、赤毛の髪はパサつき艶は無し。顔のそばかすは一向に消えず。冒険者という職柄、体中に生傷が絶えない。


 年齢は対して変わらないっぽいのに……などと、あたしは勝手に精神ダメージを受けていた。


「しかし、拳銃ハンドガンを持ち出すのは頂けないな、エマル」

「……きっ!」

 エマルが、ボルドーを強く睨み付けた。その目はまるで捨てられた野良犬のようだった。

 どうも、エマルと騎士様は、ちょっと仲違い気味っぽいわね。


 するとボルドーは、手に持っていた拳銃──先程までエマルが持っていたもの──を、自身の懐に押し込んだ。


「拳銃は騎士団こちらで預かろう。異論はないな?」

「ええ、おねがいし……」

「やだ! 返して!」

 シスターは彼に賛同したが、エマルは拒否した。彼女は手を伸ばし、なんとか拳銃を奪い返そうと必死だった。


「ボルドー様、その拳銃はエマルの両親の形見です。ご返却を」

 エマルの決死の思いを汲んでか、牧師の男がボルドーを制した。


「ならばちゃんと施錠して、子供に触らせるな……これは大人の責任だぞ、ノックス牧師様よ」

 今にも飛びかかりそうなエマルを制しながら、ボルドーは牧師へ悪態をついた。

 彼の言葉は、第三者のあたしが聞いても、どうも一つ一つに鋭いトゲがある言い方に思えた。


「言われるまでもありません」

 そしてノックスと呼ばれた牧師──短い銀髪の青年で、彼も同い年くらいかな──は、険しい顔つきのままボルドーに近づいていった。その目つきは明らかに、ボルドーを睨みつけていた。


「──お二人とも、夜も更けてます、口争いはお控えください」

 そんな二人の険悪ムードに割って入ったのは、シスター・サラサ。さすが修道女。人間ができてる。


 なおあたしは、礼拝堂の椅子に腰掛け、完全に蚊帳の外からその寸劇を楽しんでいたのだった。


「お願いします、ノックス」

 シスター・サラサはノックス牧師に、拳銃の片付けをお願いした。騎士と牧師を取り囲む淀んだ空気を入れ換えようと必死だ。


「……そうだねサラサ。まずは拳銃を、片付けてくる」

 そうノックスは述べた後、半ば無理やり拳銃を受けとり、この場をあとにした。

 息がつまっていたのか、彼が席をはずしたあと、ボルドーは大きなため息をついた。


「拳銃の管理もまともにできないか。やはり彼は、牧師失格だな」

「ノックスだけではありません、施錠については私の責任も……」

 何かにつけて、ボルドーはノックスへの文句を垂れ流していた。


 ……うーん。客人(連れてこられた)のいる前では言わないほうがいいわよ。

 それともあたしのこと……もしかして忘れられてない? 


「ボルドー様、ノックスは赴任したてで不慣れながら、一生懸命にアークロン牧師の代理として努めてます」

「それとこれとは別さ……なあサラサ。そろそろ腹をくくってくれ」

「えっ」

「こんな小高い丘の上にある、ボロい教会なんて、誰も好んで来やしない」

「それは……」


 おやおやおやおや? 

 おやおやおやおや? 


 恋愛劇メロドラマが開幕かしら。こういう類いのお話は大好物なのあたし。今度は是非、お酒片手に見させてもらいたいわ。


「止めろ! サラサ姉さまが困っているだろ!」

 割って入る、エマルちゃん。いいわねぇ。話を盛り上げてちょうだい。


「大人の話だ。子供は少し黙っててくれ」

 少し不貞腐れた態度のボルドー。


「ボルドー様、そんな言い方は!」

 少し声を荒らげて、シスターが被せ気味に話す。


 さあ、いい塩梅にヒートアップ。次はどう出るか!? 


「大人の僕なら、聞き入っていただけますか?」

 すると、拳銃を片付け終えたのか、ノックス牧師が戻ってきた。


 三者三様の思いの丈が、さらに複雑に絡まり、新たなドラマを紡ぐ! ……かと思ったけど、ノックス牧師はあたしの方を指差して言った。


「導師様の前ですよ」


 この一言で、シスターと騎士様は少し冷静になったみたい。

 ゴホン、と、ボルドーはわざとらしい咳払いをするな否や、


「また来る」

 と捨て台詞を吐き、礼拝堂の出口に歩いて行った。


 ボルドーを名残惜しそうに見送るシスターとは対照的に、ノックスとエマルの目付きが非常に険しかったことが印象深い。


「えーと、お邪魔だった、わよね?」

 先ほどまでの彼らの内輪揉めを酒の肴にしていたあたしも、少し居心地が悪く口を開いた。


「いえ導師様、我々こそお恥ずかしいことろをお見せしてしまい、申し訳ありません」

 とんでもない、十分楽しめました。とは流石に口に出さずに、あたしは微笑んだ。

 その代わり、というのも変な話だが、あたしは自己紹介ついでに訂正を求めた。


「あたしの名前はアリエラ。その……導師様っての止めてもらっていいかな」

「?」

 ノックス牧師と、シスター・サラサの頭に同時にハテナマークが現れた。


「いや実はさ、あたし、まだ見習いでさ。この服は完全に趣味で着ているだけなの」

 そう述べ、身につけている猫耳フードが付いた外套を指さした。


 十中八九、この外套から私を導師と勘違いしたのだろう。


 導師とは、『生きとし生けるものを導く』ことを役割とした聖職者だ。冒険者として様々な場所に赴き、その教えを伝えることを生業とする。また回復術に長けて、一般的な回復術師ヒーラーのそれを凌駕する。


 そして導師の多くは、『生き物の声を聞く』という意味を込め、ケモノ耳を模した飾りを身につけている。そういう意味では、猫耳フードは導師として勘違いされるのも当たり前だ。


 余談ではあるが。

 とある国で、性的な衣装にウサギ耳のヘアバンドを付けた女性の給仕メイドを見た使節団が勘違い(?)して、教えを請おうと夜の街に導かれた結果、外交が傾きかけたとかなんとか。

 ほんと、余談だ。


「それはそれは。アリエラ様は、旅の途中で多くの方を治癒なさったのですね」

「いや、そうではなくてね……」

 シスターはなにか思い違いをしている。あたしは謙遜しているわけではない。本当に見習い、いや、それ以下だ。


 あたしは未だ、回復術師としての必須技能スキルを持ち合わせていないのだから。


「あたしさ、『女神の加護』を授かってないのよ」

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