5.寂れた教会へ
「ストップ、それは良くないよ」
女の子の後ろから現れたのは、軽鎧を身にまとった男性──見回り中の騎士団員か憲兵、といった風貌だ。
彼は女の子の後ろから羽交い締めにして、手早く拳銃を取り上げた。
(ふう、ひと安心)
あたしの位置から、その男が近づいて来ていたのが見えていた。だからあたしは、彼が拘束しやすいよう、女の子の気を引こうと話し続けていたのだった。
だが結果的には、興奮した彼女への説得は効果が薄く、危うく発砲の一歩手前にまで至っていたが……。
「あ……あ……」
そんなあたしが受けた焦り以上の精神的負担を、その子は負ってしまったようだ。
手だけでなく、肩から膝──体全身が震え、そのまま力なく膝から崩れ落ちた。
緊張の糸が切れたのだろう。憲兵が体を支えていたため、転倒は免れていた。
発砲しようとしたのも、銃を人に向けたのも、初めてだった──おそらくそんなところでしょう。
「大丈夫よ、気を確かに。あたしは
そう声を掛けながら、あたしは近づいた。彼女はもう、銃を握る気力すら残っていないだろう。
怪我こそ誰も負っていないが、心の傷を少しでも癒せれば……。あたしは
「……うう、うああ!」
しかしながら、それは逆効果であった。あたしが彼女の目前にまで迫ると、いきり立って手をあげようとした。しかし、それは拘束している憲兵さんが許さなかった。
「落ち着けエマル! 落ち着けって!」
あら?
お名前を呼ぶってことは、この子は彼の知り合いってことかしら。
彼は、エマルと呼ばれた女の子を羽交い締めにして、動きを制した。
「……怖がらせてごめんなさいね」
あたしは咄嗟に、フードを深く被り、髪の毛を見せないようにし、謝罪した。
この子、赤い髪の毛に並々ならぬトラウマがあるのだと思ったからだ。できるだけ怖がらせないよう、怯えさせないよう、あたしは精一杯の笑顔で謝った。
「く、……うう」
すると、あたしの笑顔のおかげ……かどうかは不明だが、エマルは落ち着きを取り戻してきた。ただ、目には涙が溢れ、今にも決壊しそうである。
「エマル……君はなんてことを……」
そんな彼女を拿捕したお兄さん。よくよく見たら、軽鎧に彫られた紋章から、街の憲兵より職位が上の、騎士団員であることが伺えた。その彼は、エマルの行動に相当ショックを受けているようだ。
(そりゃそうよね)
こんな年端も行かない子供が、実質、殺人未遂レベルのことを犯し、そして騎士団に捕らえられたのだ。
罪人は等しく罰を受けるべきだとは思うけど、この年齢でレッテル(罪人に物理的に掘られる入墨)を貼られるかも、なんて、なんか忍びない。
そんなあたしの心配は、杞憂に終わった。
「君、申し訳ないけど」
「は、はい」
今後のことを考えていたあたしに、その騎士団員が話しかけた。それは、国民を守り、治安を維持し、法を遵守するはずの騎士様が口にするには、咎められるものだった。
「このことは口外してほしくない」
「あら」
「いわゆる示談として解決してほしい」
ちょっとびっくりしちゃった。けど、あたしも鬼じゃないし、もともと、そのつもりだった。
逆に騎士様が、そのままエマルを連行しようとするものなら、それをあたしは阻止するつもりでもあったし……。
「もちろん問題ございませんわ、騎士様」
「ありがとう、恩に着る」
そう言うと騎士様は、街の外れのほうを指さした。その方角には街灯はなく、深い暗闇が広がっていたが、どうやら小高い丘が望み、その頂上付近には、教会が建っているという。
「あの丘の上の教会が、この子の住む孤児院だ。シスターと牧師が彼女の帰りを待っている」
「わかったわ、そこでもう少しお話を伺いましょう」
こうしてあたしは、街外れの寂れた教会へ赴くこととなった。
……このときはまだ、あんなトラブルに巻き込まれるとは、思ってもいなかった。
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