4.拳銃《ハンドガン》

 手始めにあたしは、先程の宿をぐるりと一周してみた。すると後ろから付けてくる人物も、結局同じようにぐるりと周回した。これで、帰り道が偶然同じ──という可能性は無くなった。


「付け方が素人だわ」


 付け狙っているということは、あたしひとりになるタイミングを狙っている──こういう場合、人の多い繁華街に向かうのが、命を守る手段としては帝石だろう。

 けれどあたしは、あえて暗い道や人通りの少ない道を選んだ。

 何故かって? そりゃ、相手があたしに用事があるようだし、それに……。


(この辺でどうかしら)

 魔力を込めた燐鉱石を使った街灯が、仄かに道を照らしていた。


 燐鉱石に魔力を込めると、柔らかく発光する。決して強力な光ではないが、その輝きは長時間持続する。それを利用して、この街では多くの街灯に使われていた。

 あたしが突き進むこの道には、その街灯の機数は少なくなってきていたが、完全に無くなってはいない。


 ある程度の灯りがないと、あたしも相手も、顔を拝むことができないだろうし。


「──何か御用かしら?」

 あたしは、そう声をかけながら後ろを振り向いた。

 すると、相手は街灯の影に身を潜めていたのが見えた。しかし細い街灯の柱では、体すべてを隠せるわけでもなく。


「……」

 だが当の本人は、まだ見つかっていないつもりらしい。

 なるほど、街灯の光の角度から推測すると、相手からあたしの姿は見えていない。……逆に、あたしには貴方の姿は丸見えなのだけどね。


「出てきなさいな『お嬢さん』。こっちからだと、丸見えよ」

 あたしは再度、彼女に呼びかけた。するとその女の子は、肩をビクッと震わせた。そしてしばらくして、彼女は街灯の影から姿を現した。


「……ん?」

「見つけたぞ! 赤ずきんレッドキャップ!!」

 すると女の子は、先程とは打って変わって、強気な態度で前に出てきた。年齢は10歳くらいか。肩より長い髪を二つの三編みにして、御下げを結っていた。


 オレンジ色のスカートが目に映えるものの、ところどころにほつれが見られる。

 お世辞にも綺麗な身なりとは言い難い。


「えーと、ちょ、ちょっと……」

 あたしはそれ以上に、彼女の手に握られていたものに驚かされた。


 その子は、手に拳銃ハンドガンを構えていた。そして、銃口はしっかりと、あたしに向いていた。


「両親の……家族の仇だ!」

「まって! 待って頂戴! 私は瑣末な回復術師ヒーラーよ!?」

 まさか拳銃を携えているとは。予想外だった。単なる子供の物取り程度のものと思っていたから、余計に驚かされた。


 あたしは反射的に、両の手を上げて無抵抗である意思を示した。

 どうやら彼女は、あたしを『赤ずきんレッドキャップ』という人物だと思っているようだ。


「レ、赤ずきんレッドキャップですって!? 何を根拠に!?」

「忘れもしない! その赤髪!」

 彼女は少し下がっていた銃口を持ち上げ、改めてあたしに照準を定めた。

 どうやらあたしは、濃い赤の髪色だけで、その人物と疑われてるようである。


「いやいや、赤い髪なんて他にも沢山いる……多分、いるでしょうに!」

「……問答無用!」

 私の説得にも、彼女は全く聞く耳を持たない。


 子供の手に収まるほどの大きさの拳銃とすると、種類は絞られる。そしてあたしの知る限り、それらの殺傷能力はいずれも高くない。


 彼女の銃を持つ手は震え、照準もブレまくり。

 正直、弾丸が当たることはないと考えていた。もし当たったとしても、致命傷には至らないだろう……よっぽど当たりどころが悪くない限り。

 けれど、


(当たったら、死ぬほど痛いに決まってるじゃない!)

 いつの間にか背中が汗で濡れていた。これは単に暑いためではない。


「話し合おう? まずはその物騒なエモノを下ろして、ね?」

 あたしは再三、彼女に冷静な判断を委ねた。撃ち殺されるのも真っ平だし、なによりこんな事で、この子の手を汚して欲しくなかった。

 お願い、冷静に、冷静になってね……? 


「問答……無用!」

 だがしかし。あたしの願いは神様には届かなかった。


 おさげの女の子は、銃のグリップを両手で強く握り、引き金に指を掛けたのだった。


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