幼少期 エルナ

「機械なんてたった一つの動作を繰り返すだけで、人間のような目的と結果の複雑性がないから、信用に値しないわ」

 両親は比較的裕福な画家だったから、機械の事をきらっていた。


 私は両親の事を何より愛し、信頼していた。〝あの事件〟があるまでは、私は兄の事を嫌っていた、というよりも、意地をはりあっていたのだ。〝あの事件〟以降それはほどけた、けれど兄はもういない。兄が今でも私の傍にいたなら、その意地はいつまでも氷解することもなかったのだろう。

「お兄ちゃんは、理屈っぽすぎるから、〝正しいこと〟が〝正しい〟とは限らないでしょう」

 兄は……死の間際私にいった。

「お前の言うとおり〝正しいこと〟は〝正しい〟と限らない、俺は……〝俺たちは〟知ってはいけないことをしったのだ、お前に、この謎を追ってほしくはない、同じ目に合うかもしれない」

 両親は、その兄の死の前に訪れた巨大な地震と障害で死んだ。もともと体が弱かった二人は、体の半分をサイボーグ化していたのだ。それが故障を起こし、休息に弱ってリビングで抱き合って死んでいた。


 それだけなら、私はその時の、私が10歳の頃―12年前の事件を許すことができたかもしれない。それだけなら、探偵になんてならなかったし、兄の言葉の真相を追おうとは思わなかった。


 〝B16地区局地的大災害〟後にそう報じられるそれは、2月26日午前7時に起こった。私はその日休みだったために、遅くおきて、両親の死を目撃した。だが恐ろしかったのはそこからだ、私は泣きながら兄の部屋を目指した。兄の部屋のドアを開けようとした瞬間、中から兄の悲鳴が聞こえた、というより、それは警告だった。

「来るんじゃない!!いますぐ逃げろ!!」

 その言葉を聞いてもなお、私は両親の死から立ち直れずに、たちつくしてしまった。キイィと部屋のドアがひらき、兄は……ベッドの下の隅でベッドにもたれかかりながら、腹部から血を流していた。

 のっそり、のっそり、黒くて長い影が、部屋から姿を現した。幼少期の私にとってもそうだが、いやきっと今でもその影は、恐ろしく長いものだろう。つまりのっぽの男が、下がり目で、顔に縞々の傷のある男が、私を見下ろし微笑んだ。

「お嬢ちゃん……いつか私を殺しにくるといいよ、その時事の真相に触れることだろう」

 彼の手は気味悪く私の頬とアゴをなぞり、のそのそと、まるで私や両親の事を異に返さない様子で何事もなかったかのように部屋をでていったのだった。


 残されたのは、機械好きの兄のガラクタだらけの部屋と、でくの坊の作りかけのアンドロイド、それに、でくの坊の、――私自身だった。

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