第5話 スリル
まるで命綱のように、地獄の底に降ろされた蜘蛛の糸のように、茶色い排水パイプによじ登る。
高所恐怖症の俺は、下を見れば足がすくんで登ることも降りることも出来なくなるだろう。
それに万が一、通行人に見つかりでもしたら俺の人生はバッドエンド待ったなしだ。
そうこうしてる内に3階のベランダ横に差しかかった。
物音を立てないように。この俺の荒い息が聞こえぬように。
ゆっくり、ゆっくりとベランダの手すりに腰をかける。
両足を手すりの反対側まで跨いで、
靴の底が床についた事を感じ取り、深呼吸。
お目当ての洗濯物に、足音を殺しながらすり寄る。
そして指先が"布"の生地に触れた瞬間の事。
部屋の中から叫び声が聞こえた。
心臓の裏側がギュッと縮こまって、氷を当てられたように肝が冷えた。
数秒間脳がフリーズしていた俺は、恐る恐る部屋の方へ目をやった。
しかしカーテンは開いていない。
見つかっていないのか、俺を見た誰かが咄嗟にカーテンを閉めたのかは分からなかったが、ここまで来て引き下がれる俺なんてのはどこにも居ない。
パンツを握りしめ、洗濯バサミを引きちぎる程の勢いで引っ張りポケットへ突っ込んで、排水パイプへまた手をかけて滑り降りる。
摩擦で手のひらが焼けるように熱かったが、アドレナリンに浸り切った俺は痛みなど忘れて地上へ戻り、走った。
…ついに俺は盗みを働いてしまった。
家に帰って来てシャワーを浴びて落ち着くと、夥しいと疲労と恐怖に襲われた。
見つかっていたんだろうか。
通報されていないだろうか。
流石に下着が突然失くなれば不審に思うだろう。
なんて恐怖に怯えながらも俺は確かにニヤついていた。悪い意味でぶっちぎりの、人生一番のスリルを味わった直後だろうが関係ない。
…俺は大好きなあの娘が昨日履いていたであろうパンツを手に入れたんだ。
この日、俺はあの娘が好きなんだと確信した。
興奮を止める事は不可能に等しい。
この日俺がどんな夜を過ごしたかは言うまでもない。
結局、見つかっていたのかどうかは分からないままだった。
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