第8話

 家に帰れば、相変わらず泣いている。

 彼の住んでいた物件だけど、部屋ではなく家なので、声を出して泣くぐらいの自由はある。それでも、出るのは涙だけだった。彼といた頃は、どったんばったんうるさかったのに。私。変わったな。

 鏡の前に立ってみる。綺麗な顔。


「いみがないんだ」


 ナチュラルメイクの、清楚な女。


「意味がないんだ。こんなもの」


 こんな顔。

 どうなったっていい。

 無駄に綺麗になりやがって。


 こう、思って。


 気付いた。


 彼も。おんなじ気持ちだったのかもしれない。

 鏡の前で。自分の整った顔を見て。にがにがしくなってたのかもしれない。

 そんな彼に。私は何をした。

 あの、簾の花の回廊の下で。

 私は、彼に一目惚れして。初めて会ったのに。告白した。


「なにやってんだろう、私」


 私。彼の、もっとも心に刺さることを。彼に、いちばんしてはいけないことを。したのかもしれない。

 彼。きっと、綺麗な顔のせいで、たくさん、色々、あっただろうに。

 まるで、花に引き寄せられる動物みたいに。彼に引き寄せられて。自分の感覚にしたがうままに、彼に求愛した。


「なにやってんだろう、私」


 あのときの彼は。どう思っただろうか。私は、彼の顔をみているわけではない。彼の、儚げな雰囲気に、惹かれた。でも、そんなもの、彼にとってはわからないままで。私の気持ちなんだから。彼には。伝わらないもので。

 私は、彼の顔に引き寄せられた、彼の不幸の一部だったんじゃないか。

 今更。

 今更になって。

 彼のことを、理解した。


 任務は明日。

 明日、彼を探しに。

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