02

 生まれてからずっと、特に誰かに感謝されることのない人生だった。

 ごみを拾ったり。お釣りを出したり。落とし物を届けたり。野良猫の飼い主見つける仲介とかもやった。あれは大変だった。

 けど、誰も感謝はしなかった。まぁ、そういうものなのだろうとは思う。顔が良いから。

 この街に流れ着いて殺し合いを始めるまで、この顔にはいい気分がしなかった。鏡を見るのも億劫だった。綺麗に整った、均整のとれた顔。この顔が、人間関係を壊す。

 とはいえ、この街で殺し合いをして、ずいぶんましになったと思う。顔を傷つける機会なんていくらでもある。それよりも多く、殺されてしぬ未来も見える。

 殺し合いの相手は、人ではなかった。

 この街は人ではない何かに常におびやかされつづけていて、街を守るために正義の味方を名乗るばかみたいな連中が日夜奮闘している。自分もその中にいる。人ならざるものと殺し合いをしている。

 人を殺したことはないが、人ならざるものは人を殺すよりも精神に負荷がかかるらしい。やつらは感情を食っているので、殺すと食われた感情が飛び出てくる。簡単に有り体にいうと、触覚のフィードバックがすごい。殺した瞬間、感情があふれ出してくる。自分の感情なのか、誰かの感情なのか分からない、この、ぐちゃぐちゃした感じ。精神的負荷がすごい。すごいある。なので激務。

 それなのに感謝は1ミリもない。人ならざるものなので、人はそれを知らない。人知れず街を守っているだけ。

 そのうちしぬんだろうなという思いが常にある。実際、そういう危険度ではあるし。

 この顔が消え去るなら、それでもいいかなと思う。自分なんて、いらない。この顔も。この世には必要ない。

 そういう人生だと、思ってたのに。


 このすだれの花房の中で、いきなり初対面の女性に告白された。


 正直、また顔かと。このイケメンが何もかも狂わせるんだ。今ここでこの顔を引き裂いてやろうかと。思った。

 違った。

 お試しでしばらく一緒にいてみたら、初めてがすごい勢いで押し寄せてきた。


 ありがとう。

 おもしろい。

 たのしい。

 うれしい。


 彼女は基本的に感謝しか言わない。

 理由を聞いてみたら、なんか、ぱりぴ陽きゃぎゃるが云々って、なんか意味の知らない何かを詠唱していた。なんかそういう人種らしい。多様性ダイバーシティという言葉の強さを身をもって体感した。まじで。実感とかじゃなくて体感だった。身をもって。

 感謝と笑顔の塊。それが彼女。


「うわぁ暖簾だぁ花咲いてなぁい」


 彼女が、簾の下に駆け込んでいく。彼女はいまだに、簾を暖簾という。まぁ似ているので、そのままにしている。逆に店前の暖簾を簾と言っていた。まぁよい。そんなに変わらん。


 彼女に、自分の任務のことは、言っていない。顔を曇らせそうで。今更ながら、しりごみしている。


 自分も、彼女に続いて簾の下にもぐる。


「おお」


 小さなつぼみ。これから、開花するのだろうか。

 このつぼみが花開くまで。自分は生きているだろうか。殺し合いのなかで。倒れてしぬのだろうか。この顔で。


「ほんとだ。つぼみだね」


 彼女が、つぼみに気付く。


「咲こうとしてるねぇ。偉いねぇ」


 どこまでも感謝しかない彼女だった。


「ありがとう」


「え、なにが?」


「見つけてくれて」


 しぬかもしれないのだから。こちらから感謝を伝えることも。忘れてはならない。


「いやぁたしかにね。小さいし。よく見ないとわかんないよね。よく見つけたね。えらいね?」


 つぼみのことだと思っているらしい。

 まぁ。

 それはそれでよい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る