質疑応答4
これまでのゆきあの動向から、薄々気づいていたことがある。
彼女が心を閉ざしてしまっていることもあり、彼女の口から聞くのは難しそうなので、もう自分から言ってしまおう。
「ゆきあはさ、セレナーデに未練があるんじゃないの?」
「また人の心を分かったように言うんだね」
「違ったらごめん。でもさ、本当にセレナーデを嫌いになったんなら卒業を選ぶと思うんだよ。事務所をかき乱してまで独立にこだわるのは、ゆきあでなくなるのが嫌だからなんじゃない?」
ゆきあはしばらく黙っていたが、やがて絞り出すように言葉を紡ぎ出した。
「未練……そりゃあるよ。今まで積み上げてきたものがなくなるとか嫌だもん」
「その積み上げてきたものをゆきあは自分で手放そうとしてるわけだけどそこは理解してる?」
「手放したくなかったけどみんなが私にそうさせるんだよ」
「FPSをやりたいの? 正直それだけで独立ってかなりバカだけど」
「バカかな? 今まで我慢してきたんだよ。途中からグループの指針が大幅に変わったせいでやりたいことができなくなってなんのために活動してるんだろって思った」
「だから、FPSやったり大会に出たいっていうのはあるだろうけど、みんな何かを我慢して頑張ってるんだよ。今のまま独立して、また嫌なことができたらどうするの? またやめるの?」
「逃げる」という言葉はできるだけ使わずに。
ゆきあはとにかくプライドが高い。よくも悪くも。
それは今まで彼女を傍で見てきた私だから知っている。
ゆきあにとって「逃げる」とは、そのプライドを最大限に傷つけられる言葉なのだと思う。
さっきは感情が昂ってしまい、逃げるのかと言ってしまったけれど。
そんじょそこらのメンヘラとは比べ物にならないくらい拗れてるやつだからこそ、ガラスを扱うように優しく優しく接しなければならないのだ。
ゆきあを蝕んでいる症状の名前を私は知っている。
それは、以前からの彼女の問題点でもあった「人間関係リセット症候群」。
ゆきあと出会うまでは知りもしなかった症状だが、彼女と付き合ううちに色んな面で疑問が浮かぶようになってきて、ネットで調べてみたところこの名前がヒットした。
人間関係リセット症候群とは、主に以下の特徴がある人を指すらしい。
完璧主義
自分を出せない
人間関係を手段と捉える
ストレスを抱えやすい
マイペースに行動することを好む
相談できる相手がいない
生活習慣が乱れている
このうちの全てがゆきあに当てはまっているかと言うとそれは分からないが、いくつか該当するものもある。
例えば、「完璧主義」。これは完全に当てはまるだろう。
彼女は、"小金ゆきあ"であることにこだわる。
昨今のVtuberは、キャラクターから中の人が突き抜けてくる所謂メタ的な売り方も人気になる要素となっているが、ゆきあはメタや匂わせを一切やらない。
徹底的に小金ゆきあを演じきっているのだ。
今では少なくなったRP(ロールプレイ)勢というやつである。
それがゆきあのよさでもあるのだが、そのこだわりが少しやりすぎだと感じる面もあった。
例えば、後輩とのオフコラボの時。配信が終わって、みんなが素の自分に戻る中、ゆきあだけはゆきあであり続けていた。
後輩が彼女を本名で呼ぶと、「ちゃんとゆきあって呼んで」と釘を刺していたし、そのことを突っ込むと露骨に不機嫌にもなった。
それでも後輩からは、ストイックで素敵だと思われてるみたいだけど。
その持ち前のプライドの高さと完璧を求める姿勢が、ここにきてこじれまくっている。
もうほどけないくらい複雑に絡み合ったゆきあという個性は、ほどこうとするのではなくて、ありのままを受け入れつつもまともな路線に戻してやることが大切なんだと私は思う。
それができるかどうかは、私にかかっているんだ。
「やめない。次こそは上手くやる」
「次こそ次こそって言うけどさ、また一からやり直したらそれはそれで不満点が見えてくるものだよ」
と思いつつも、私の心の中には「ゆきあを説得することなんてできないんじゃないか」という思いが浮かび始めていた。
何を言っても、ゆきあの心を覆う厚い壁を砕くことなんてできないのではないかと。
もしかしたら、彼女とは本質的な部分で食い違ってしまっているのかもしれない。そうだとしたら、説得なんて不毛な行為だろう。
でも、諦められなかった。
それこそ、意地と意地のぶつかり合いだ。
この際、泣いてでも思いとどまらせるくらいのつもりで臨むぞ。
「そんな言葉なんの意味もないよ。まりあには愛がないもん」
「愛はあるつもりだけどな」
「まりあは私の奥にセレナーデを見てるよね。セレナーデを壊したくないから私っていう部品が必要なんだよ」
「物は言いような気もする」
「なんでそんなに冷静なの? そんなに引き止めたいなら殴ってでも止めればいいじゃん。力で服従させればいいじゃん。そしたら結果は変わるかもしれないよ」
「殴るわけないだろ。私をゴリラかなんかだと思ってる?」
「ほら、そうやって余裕ですけどみたいな態度出してくる。残念だけどその選択はアウトだよ。ほらほら、頑張って! 君の全てで私を引き止めてよ!」
プレイヤーに問いかけてくるタイプのうざいギャルゲのキャラみたいなこと言いやがって。
ただ、これらがゆきあの本心ではないことくらい分かる。
強い言葉を使っているが、彼女の心はきっと泣いている。
こんなに近くにいるのに、どうして心の距離だけがこんなに遠いんだ。
クソ……!
「ナナちゃんは泣いてくれたよ」
「ナナもこの件知ってるの?」
響の前にデビューしたギャルだ。
お洒落とか自分磨きとかが大好きで、ジムやホワイトニングに足繁く通う意識の高さを持ちながらも、配信者になって大丈夫かってくらい純粋な性格の持ち主でもある。
そんな彼女の名前がこの場面で出てきたということは、どこかのタイミングで二人は話をしたのだろうか。
「一緒にセレナーデ辞めてくれる? って聞いたの」
「お前……それは本当にやっちゃいけないことだぞ」
「なんで? ナナちゃんって私のことすごい好きらしいから誘ってあげたのに」
「後輩を巻き込むな」
「それは外野の意見でしょ? ナナちゃんの気持ちは知っておかなくちゃいけないじゃん。だから聞いてみただけだよ」
「まさか他のメンバーも誘ってないよな?」
「何人か誘ったよ。でも誰も乗ってくれなかった」
「そりゃそうだろ……」
「でも、まりあと違ってみんな私の思いを尊重してくれてた。愛されてるなって思ったよ」
「それで愛されてるって思ったのなら、もっと愛を知った方がいいぞ」
「愛なんて人それぞれだよ。人に教えるものでもないでしょ? だって元々みんなの心にあるんだから」
だめだ。ゆきあのペースに飲まれてる。
ゆきあは自分の考えが間違ってるなんて一ミリたりとも思ってないのだろう。
そんなやつを相手に、どんな言葉をかけられる?
もしかして、私がやろうとしていることは間違っているのだろうか。
こいつと喋ってると、何が正しいのかわからなくなってくる。
「……とりあえずなんか食べさせて。今日まだなにも食べてないんだよ」
「ダイエット中?」
「誰かさんのせいで食事もままならないんでね」
「私のことなら気にしなくていいのに。何が食べたいの?」
「なんでも」
「じゃあ冷凍チャーハンでいい?」
「おう。あと今日泊まるから」
「居座っても無駄だけど」
「うるさい」
「チャーハン作ってくるから出ていって」
「なんでだよ」
「変身解かないと」
「ああ……」
私はゆきあに言われるがまま、彼女の配信部屋から退室した。
少し時間をあけて部屋から出てきたゆきあ、もとい美優は家に来た時よりも少し疲れた顔をしていた。
一回戦は美優優勢ってところか。
私の言葉が少しは響いてくれてたらいいんだけど。
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