質疑応答2

「上がらせてもらうよ」


 今すぐにでも美優を問い詰めたい気持ちでいっぱいだったが、なんとか抑え込む。


「ほら、美優。ここ座って。」


 私はリビングに腰掛けて、自分の隣をぽんぽんと叩く。


「手……」

「え?」

「手、洗ってきて。あとうがいも」

「あー、はいはい」


 そこには素直に応じる。

 ここは彼女の部屋なので逃走の恐れはないし、彼女の指摘は至極真っ当だからだ。

 それに関しては、私がうっかりしていた。


「美優、ちゃんと話し合いたいからまずは私の話を……」


 洗面所で手洗いうがいを済ませて戻ってくると、美優の姿がなかった。

 あれ? どこに行った?

 まさか……逃げた?

 でも、玄関の方で音はしなかったし……奥の部屋に行ったのかな?


「美優?」


 呼んでも返事はない。

 奥の部屋を探そうかと迷っていると、寝室の扉が開いて美優が出てきた。

 なんだ、いるじゃん……。

 安堵したのも束の間、私は彼女の姿を見て呆気にとられた。

 寝室から出てきた彼女は、サングラスにマスク姿だったのだ。


「えーっと……からかわれてる?」

「ううん」

「美優、それとりなよ」

「美優なんていない。私はゆきあだよ」

「はあ?」

「地雷じゃないもん! セレナーデ所属、誰が見ても可愛い最強美少女! 小金ゆきあだよ~」


 美優は突然、小金ゆきあのフル挨拶を本意気で披露した。

 3D配信の時にする可愛いポーズと一緒に。

 私は彼女が何を考えているのか分からず、固まってしまった。

 また、話を逸らそうとしているのか?

 意味不明なことをして、私を惑わそうと。

 こちとら真剣に話をしに来ているのに、こんなふざけた態度をとるならガチで説教が必要かもな。


「ゆきあ……」


 言いかけたところで、はっとする。

 美優は意味もなくこんなことをしているわけではないのではないか。

 もしかしたら、彼女は猿渡美優として私に向き合う勇気がないのでは?

 私に対して後ろめたいことがあるから、本当の自分を隠して理想の姿小金ゆきあで現れたのではないか。

 理想の姿でなら、本当の自分を否定されずに済むから。

 彼女とはこれまでプライベートでも遊んできたし、今さらだろうとは思う。

 でも、それが彼女なりの「矜持」なのかもしれない。

 これでただふざけてるだけだったら、マスクとサングラスをひっぺがすところだが、私の推測が当たっていたら逆効果なのでここは美優ゆきあに合わせることにする。


「……ゆきあ。そのままでいいから話せる?」


 私は美優ではなく、ゆきあに接するつもりで言葉を紡いだ。


「うん。あ、ちょっと待って」

「なに?」

「ついてきて」


 ゆきあが背を向け、どこかに向かった。

 私は何も言わず彼女についていく。

 ここは彼女の言う通りにしておいた方がいい。

 時間は限られているとはいえ、彼女が話す気になってくれないとこの時間はなんの意味もなさなくなる。

 だから、彼女のやりたいようにさせてやろうというのが私のコンセプトだった。


「ここで待ってて」

「おう」


 ゆきあがいつも配信部屋に使っている部屋に入っていき、私は扉の前で待たされる。

 しばらくすると、部屋の中から「いいよ」と聞こえてきたので扉を開けて部屋の中に入った。


 そこで待っていたのは、だった。


 ゆきあとして配信を行う際に使用される部屋は機材やセレナーデのグッズに加えて女子力の高いインテリアなどが所狭しと置かれていて、ボーノとして使う部屋に比べてごちゃごちゃしている印象だった。

 部屋の中心に配置されたテーブルの下には、暖かそうなふわふわのラグマットが敷かれている。

 とはいえオフコラボでも何度か訪れているし、実写配信で部屋の一部が映ることもあるので見慣れた光景ではある。

 ゆきあの姿が見えず視線を動かすと、部屋の中心に置かれたPCの端から彼女の髪の毛と肩が見えていた。

 なんだよ、PCの後ろになんか隠れて。

 怪訝に思ったが、すぐに彼女の意図を理解する。

 PCの横にあるモニターに、ゆきあの2Dモデルが映っていたのだ。

 金色のふわふわミディアムヘアーは柔らかい雰囲気を演出し、陶磁器のように真っ白な肌が、暖色系のシャツとミニスカートに合っている。

 ゆきあの挨拶にもあるように「誰か見ても可愛い」をコンセプトとして制作されたデザインは、セレナーデ屈指のクオリティといっても差し支えないだろう。

 そして、「天使の声」に喩えられるウィスパーボイスと、小動物のようでいて危うくもある雰囲気が合わさることで男女問わず愛されるVtuberになっていった。

 そんなが、不安そうな顔で私のことを見ている。


「ゆきあは……何が嫌だったの?」


 PCの後ろに隠れた彼女ではなく、に対して問いかけた。

 急に本題に入るのではなく、少しずつほぐしていこう。

 彼女が自分の口で話してくれるまで。

 

 ゆきあはしばらく沈黙を守っていたが、やがて意を決したように言葉を紡ぎ出した。


「アイドル売りが嫌だった」


 そして、ゆきあとの話し合いが始まった。

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