質疑応答1

 普段、私は遊びとかは別としてメンバーのプライベートに介入するようなことは極力避けている。

 魂での活動に対する話題も、今まで出したことがないし、出されたことがない。

 それは暗黙の了解のようになっていて、そういった配慮があるからこそ私達は仲良くやってこられたのだと思っている。

 他のところがどうなのかは知らないが、少なくともセレナーデはそうだった。

 だから当然、メンバーの魂のアカウントはフォローしていないし、見ることもなかった。

 フォローすると、そのことについて邪推してくる視聴者もいるだろうっていうのもある。でも一番は、お互いにとって負担にならない関係性を保ちたいという考えあってのことなのだ。

 ただ、ゆきあの場合は、魂の存在だけは認知していた。

 とはいえ自分で認知したのではなく、マネージャーの園原さんを通してだけれど。

 園原さんはマネージャーとしてゆきあの魂アカウントをチェックしているらしく、過去にゆきあ関連でトラブルがあった際に私に相談してきたのだ。

 過干渉な気もするけれど、ゆきあが相手ならしかたないと思える。

 その時は特に魂での活動が止められていたとかではなかったので私も目くじらを立てることはなかった。

 それが今、ゆきあの自宅訪問にまで発展するなんて。

 事務所の一タレントがするようなことではないのかもしれない。

 でも、セレナーデをなんとしても存続させるために手は抜かないつもりだ。

 私も臨戦態勢で臨まないといけないな。


 そして、三日後の夜20時頃。

 私はゆきあこと、猿渡さわたり美優みゆが住むマンションの前に来ていた。

 期日が迫っている提出物があったりで少し間が空いてしまったが、出来る限り早めに行動したつもりだ。

 美優のマンションにはこれまでオフコラボやプライベートで何度かお邪魔したことはある。

 とはいえ、私一人でとなると、数える程度しかないかもしれない。

 いつもなら楽しいはずの訪問なのに、事情が事情だけに今日は足が重く感じられた。

 私は階段を上がっていき、美優が住んでいる二階に向かう。

 確か、端から三番目の部屋だったはず。

 端から順番に部屋を見ていくと、「猿渡」と書かれた表札が目に入った。

 私は意を決して、インターホンを鳴らす。

 出てくれるだろうか。そもそも美優はインターホンに出るのか?

 あいつのことだから、めんどくさがって出ないかもしれないぞ。

 なんとなく、ずっと家に引きこもっているイメージがあるから。

 しかし、それは杞憂だったようで、部屋の中から玄関に向かってくる足音が聞こえた。


「はい」


 扉が開き、寝間着姿の美優が出てくる。

 配信で観るよりも顔がやつれているように見えた。


「やっほー」

「げっ」


 私の顔を見た途端、美優の顔が引きつった。

 そしてすぐ扉を閉めようとしたので扉の隙間に足を入れ込む。

 私の足がストッパーとなって扉が止まり、美優と私の視線がばちっと交差した。


「な、なんでいるの?」

「話つけにきた」

「話すことなんかない」

「私はあるの」

「帰って」

「帰らない」

「大声出すよ」

「それは困る」

「じゃあ」

「される前に強行突破する」

「!?」


 私は両手で扉の端を掴み、外側に思いっきり力を加えた。

 入れる気がないなら、こじ開けてやろうという下品極まりない方法である。

 普通、どこに行ってもまず適用されないであろう方法。

 でも、私と美優の関係性、そして彼女が行ったことと、私と他メンバーへの影響等を加味すると適用されるのだ。


「ちょ、ちょっとやめてよ! 隣の人に怪しまれちゃう!」

「じゃあ、開けてってば!」

「やだやだ! 絶対怒るもん」

「怒んないから! とりあえず開けて!」

「プライベートとは切り離してるの!」

「何がプライベートじゃ! 散々人に迷惑かけて!」


 玄関の前で押し問答してると、隣の人がなんだなんだと部屋から出てきた。


「猿渡さん、大丈夫ですか……?」

「全然大丈夫なので! お気になさらず! お騒がせしてすみません!」

「は、はあ」


 美優が何か言う前に、一気に捲し立てた。

 声をかけてきた人は完全に引いていたけれど、「お大事に……」と言うと部屋に戻っていった。


「ほら、来ちゃったじゃん!」

「あんたが開けないからでしょうが!」

「今体調が悪くて話す気分じゃないの!」

「今朝元気にSNS更新してたの知ってるんだぞ!」

「もうほっといてよ! どうせ私はもう終わりなんだから!」

「被害者ぶるのもいい加減に……しろっ!」


 腹に据えかねて、力任せに扉を引っ張った。

 急に引っ張ったことで美優が対応できず、一瞬、半分くらい扉が開く。

 私はその隙を見逃さなかった。

 美優が扉を内側から引っ張る前に扉の隙間に体を滑り込ませ、玄関に入り込むことに成功した。

 それと同時に扉が閉まり、私たちは玄関でお互いの顔を見合った。

 年齢にしては幼い顔立ち。ぱっちりとした目。卵のような顔。やっぱりちょっと肌荒れしてるけど、元々の肌は綺麗だと分かる。

 外に出ていないからか、日焼けなんかしてなくて真っ白だ。

 パッと見では大人しそうな印象を受ける彼女だが、今や渦中の人物。

 なのに、とても弱々しくて、今にも消えてしまいそうで。

 その不安げな瞳で見上げられるとつい優しくしてあげたくなるが、甘い態度をとってはいけない。

 美優は幸せを求めるがあまり、なりふり構わず突き進んでしまいがちなところがあるのだ。

 セレナーデという船の舵を美優に任せた結果がこれなのなら、軌道修正するのは私の役目だ。

 無鉄砲な彼女の舵によって多くの人が巻き込まれることとなったが、まだ間に合う。

 美優がセレナーデから心が離れてしまっていて、ソロでの活動に専念したいというのなら、無理に引き止めはしない。

 でも、こんな終わり方はだめだ。

 私はセレナーデを失敗の歴史にしたくないんだ……!

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