事前調査2

 コメント

:聞こえてるよー

:聞こえてます!

:もう夕方だぞ

:久しぶりの配信嬉しい!

:おはよーさん


「聞こえてる? おっけー。今日ね、雨だったじゃん。いやみんなのとこはどうか知らないけど私の地域は雨だったのね。でも今日ホワイトニングの予約してたから家から出ないわけにもいかなくて、若干鬱になりながら頑張って出たの。んで、サロンでホワイトニングしてもらって、スーパーで買い物していざ帰ろうとしたらさ、急にめっちゃ鬱が襲ってきたの。あ、これ家に帰ったら寝込むやつだって」


 ゆきあは同情を誘うような声色で、淡々と話した。

 淡々としているけれど、内容が頭にすっと入ってくる。

 ここだけ聞いても、やはり話が上手いな。人に話を聞かせる力があると思う。

 声量もちょうどよく、ノイズにならない。

 声の抑揚にしても、心地よいバランスが保たれていた。

 流石、セレナーデの黎明期を第一線で引っ張ってきただけのことはある。

 大袈裟と思うかもしれないが、絵が上手い人は落書きの時点で上手いように、トーク力がある人は少し喋っただけで人を惹きつけるものなのだ。

 ただ、今回に関しては暗い内容のようだけれど。


「いつもイヤホンつけて曲聴きながら帰るんだけど、曲聴く気にもならないし歩くのも嫌だしで辛くてさあ。ああ、嫌だなあって思ってたら、急に私の名前呼ばれて、えって思って振り返ったら、小学校の頃の友達がそこに立ってたの。それで、えー久しぶり~って話したんだけど、やっぱり友達っていいよね。さっきまでの憂鬱が嘘だったみたいに元気になっちゃって」


 コメント

:それはよかった

:友達っていいよねー

:わかる、私も一人だとネガティブなことばっか考える

:トッモに感謝やな

:ボーノを元気にしてくれてありがとうやで

:友達は偉大よ


 ここまで話を聞いた限りだと、ゆきあは嘘を言っているようには思えなかった。

 まあ、鬱というより少し気分が落ち込んだだけのようだけれど、これくらいの誇張なら誰だってするだろう。

 しかし、問題なのは事務所の規約を破って配信していることだ。

 彼女に同情の余地はない。もしも内容に問題がなかったとしても、私は彼女の行動について咎めなければならない。

 彼女の配信をこれ以上観ることもないだろう。恐らく、配信は運営がチェックしているだろうし、内容についてとやかく言うのは私の仕事じゃない。

 私が彼女に伝えるのは、「どうしてルールを破ったのか」これだけなのだ。

 とりあえず、配信が終わるまで待ってからコンタクトをとろう。

 そう思ってブラウザバックしようとボタンに指を伸ばした。

 しかし、ゆきあのある一言によって指が止まった。


「鬱鬱って言うけどさ、そんなに軽々しく「鬱だわー」とか言わないでもらいたいよ。みんなの鬱なんて大したことないからね? 私なんか集団いじめに遭ってるんだよ?」


 ……ん?

 集団いじめ?

 私はまたゆきあの妄想が始まったのかと思った。

 だって、ゆきあがそんなことになっているなんて聞いたことも見たこともなかったから。

 大体、集団ってなんだ。どこの集団だ。セレナーデでそんなことがあるはずないし。

 アンチコメントのことを集団いじめにたとえているなら分かるが。

 配信者ならではの気苦労を、分かりやすい例を使って視聴者に伝えようとしているのかもしれないな。

 ゆきあが元気そうなのは分かったし、これ以上観ることもないけれど、状況が状況なだけに集団いじめの件をスルーすることができなくて、私は彼女の言葉の続きを待った。

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