目的は一緒、方法は別々(2)

ゆきあ「あ、ごめんね……悪いことしたのに自覚が足りないよね。でも私、こういう風にしか生きられないから……」

まりあ「ああもうしょげるな! 私からゆきあに聞きたいことは一個だけ。お前、事務所を退所したいって運営に言ったんだって?」

ゆきあ「あ、もう広まってたんだ」


 ゆきあのあまりに軽い返答に、私は多少イラっとした。


まりあ「じゃあ本当なの? 本気でセレナーデをやめるの?」

ゆきあ「やめるって言ったらまりあ止めるでしょ?」

まりあ「そりゃ止めるよ。ゆきあがやめたら後輩はどうなるの? ゆきあに憧れて入ってきた子も多いのに」

ゆきあ「そうだよね……薄情な先輩だよね」

まりあ「それだけじゃないぞ。セレナーデの顔はゆきあなんだよ。だからお前だけの問題じゃない。グループ全体の士気にも関わる」

ゆきあ「でも、こんな問題ばっかり起こす私よりちゃんとした子の方がみんな好きでしょ? だから私がやめても誰も悲しまないんだ」

まりあ「本気で言ってる? はっきり言って、ゆきあの代わりなんかいないから。響も、誰か一人でも欠けちゃだめだって言ってたよ。セレナーデは有象無象の寄せ集めなんかじゃなくて、ファミリーなんだよ。私はそんなセレナーデが好きだし、これからもここで頑張りたいって思ってる。そこにゆきあがいないとかありえないから」


 ゆきあの声を聞くと、想いがとめどなく溢れてしまった。

 私にゆきあの退所を止める権利はないとか言っておきながら、いざ彼女と話すと真っ向から反対意見をぶつけてしまっている。

 そうか、これが私の本当の気持ちなのか。

 セレナーデのいいところは、ライバー同士の距離が近いところだと思っている。

 セレナーデは少数精鋭なのでその分全体企画も連発できるし、関係が希薄にならない。

 距離が近いから喧嘩をすることもあるけれど、その時は誰かが間に入ってバランスをとる。

 壊しては修復し、また壊しては修復してを繰り返して頑強なダイアモンドのようなグループに成長していくセレナーデを近くで見てきたからこそ、どのグループにも負けない絆で繋ぎ止められていると私は信じている。

 だから、セレナーデにこだわる必要はないと暗に言われた気がして熱くなってしまった。


ゆきあ「まりあはセレナーデが大好きなんだね。もちろん私も好きだよ。でもセレナーデが私を突き放すのにどうすればいいの?」

まりあ「それはゆきあが勝手にそう思ってるだけでしょうが。誰がいつお前を突き放したんだ。言ってみろ」

ゆきあ「セレナーデのみんながそうでも、周りは許してくれない。あいつらの時間はで止まったままなんだよ」

まりあ「そんなの挽回していけばいいだろ」

ゆきあ「無理だよ。私がどんなに心を入れ換えても、一生ネチネチ言われ続ける。私あいつらになんて呼ばれてるか知ってる? 「腫れ物」「特級呪物」あとなにがあったかな。あ、「セレナーデの癌」って言われたこともあったっけ。もし私が戻ったら、悪口は倍になって返ってくる。そんなの耐えられない」

まりあ「配信中にそういうコメントが流れてくるの?」

ゆきあ「ううん、エゴサしてたら目に入ったりYouTubeのコメント欄に書いてあったり」

まりあ「でも、耐えてきたじゃんか」

ゆきあ「これからもそれに耐えろって言うの……?」

まりあ「違う。見る場所を変えよう。ネガティブな意見を気にしすぎてるから目立って見えるんだよ。私が知る限り、ゆきあのことを応援してる人はたくさんいるよ。その人たちのことは目に入ってないの?」

ゆきあ「だって、どんなに大好きって言われても本当かなって思っちゃうし、ネガティブな意見は本当の気持ちだと思うから……」


 なるほど、つまりゆきあは周りの目を気にしすぎてアンチ的な意見ばかり探してしまっているということか。

 それは確かに辛いかもしれない。ゆきあがそれを苦にして配信を引退したいと思っているのなら、私がしていることは悪手でしかない。

 でも……それでも、私はゆきあと頑張っていきたい。

 これは私の我が儘だ。セレナーデを存続させたいという大きな目的はあるけれど、それ以上にセレナーデからゆきあが抜けるということが受け入れられない。


まりあ「ゆきあ、どうしちゃったんだよ。あんなに配信頑張ってたのに。私がセレナーデをやめようとしてた時に引き留めてくれたのはゆきあじゃんか。それだけじゃない。私にやる気がない時も、運営と反りが合わない時も、いつでも闘ってたじゃんか。なんで今頃アンチなんかに負けちゃうんだよ」

ゆきあ「え、負けたつもりないけど?」

まりあ「え?」

ゆきあ「まりあ、もしかして私が引退すると思ってる?」

まりあ「違うの?」

ゆきあ「するわけないじゃん! 配信は天職だよ。そんな簡単にやめてたまるかって」

まりあ「でも、事務所をやめるって」

ゆきあ「うん、それなんだけどね。実はまりあに話したいことがあるんだ」

まりあ「な、なに?」


 急に風向きが変わって、感情のコントロールができない。

 事務所をやめるつもりだけれど、配信活動は続けていくということか?

 だとすると、ゆきあは所謂転生を考えているのか。

 でも、それだとアンチもついてこないか。

 もしそのつもりなら、アンチが嫌だから事務所を退所するというゆきあの主張が合わなくなる。

 しかし、ゆきあの考えは想像の斜め上をいくものだった。


ゆきあ「まりあ、私と一緒にセレナーデをやめてほしいんだ……」

まりあ「……は?」

ゆきあ「私、セレナーデをやめて新事務所を作ろうと思ってる。それにはまりあの力が必要なの」

まりあ「うん、ちょっと待って。話についていけない」

ゆきあ「急にごめんね……こんなこと言われても困ると思う。でも、まりあとならできると思うんだ。0からのスタートになるけど、また一緒にたくさんの思い出作っていきたい。二人の新しい場所で」

まりあ「……からかってるの?」

ゆきあ「本気の気持ちだよ」

まりあ「もし本気なら、悪いけどそれには乗れない。セレナーデを捨てられるわけない」

ゆきあ「やりたいことがあるなら、セレナーデじゃなくてもいいでしょ?」

まりあ「そういうことじゃない。そんなことしたらみんなバラバラになっちゃう。セレナーデじゃないと意味ないんだよ」

ゆきあ「そっか……まりあはセレナーデにゾッコンだもんね」

まりあ「どういう意味?」

ゆきあ「ごめん、からかってるわけじゃないの……でも、考えておいてほしい」

まりあ「ゆきあは……独立したいの?」

ゆきあ「考えててね。じゃあ、バイバイ」


 私の質問には答えず、ゆきあは通話を終了した。

 ゆきあ、お前はどんな景色を見ているの?

 私にはわからないよ。

 それに、独立なんてそう簡単にできるわけない。

 遊びじゃないんだから。

 もしセレナーデを離れたとしても、その時は小金ゆきあは消滅するだろう。

 それを彼女は分かっているのだろうか。


 私はゆきあのことが分からなくなった。

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