目的は一緒、方法は別々(1)

前回同様、文字数の関係で前後編に分けました。後編は今夜20時投稿。







 配信後、運営の人に怒られるかなと思ったけれど特に何かを言われることはなかった。

 それはつまり、セレナーデラインは超えなかったということに他ならないわけで。

 結果的に、私はゆきあを激励する形で配信を終えることになった。

 コメント欄は若干荒れたけれど、好意的に受け止めてくれる人も沢山いて勇気付けられた。

 やはりコメント欄ありにして正解だったな。


「まりあ先輩、すごくいい配信でした」

「あ、そう? まあ同期のことだしね……色々と積もるものもあったりなかったり?」

「先輩、私やっぱりセレナーデで頑張りたいです。誰か一人でも欠けちゃだめだと思います」

「それは私も同じだよ。どう転ぶかわかんないけど、全部いいようになるといいよね」

「そうですね...!」


 これは配信終了直後の響との会話である。

 響は若干鼻声になっていたけれど、私の言葉が彼女にも響いてくれたってことでいいのかな。

 特に響は、セレナーデオタクとしても有名だから色々と思うところがあったのかもしれない。

 彼女がどんな気持ちでこれまで過ごしてきたのかと考えると、胸が痛くなるな。

 こんなにいい子に慕われているのに、どうしてゆきあは自分の価値が分からないんだ。

 闇営業なんて、自分の価値が分かっている人がすることじゃない。

 私は復帰配信でゆきあを擁護する姿勢をとったが、闇営業に関しては一切擁護の余地はないと思っている。

 ただ、ゆきあの罪を非難するつもりはない。

 私の役目は、ゆきあがセレナーデに戻りやすいように彼女の居場所を作っておくことだと思っているからだ。


 退所……園原さんから聞かせられた言葉が頭をよぎる。

 ゆきあ、お前は本当にセレナーデをやめようとしているのか?

 そうだとしたら、私に止める権利はないのかもしれない。

 でも、もし。事が大きくなりすぎて、一人で抱え込めなくなってパニックになっているだけなのだとしたら……彼女を救うことができるかもしれない。

 返信なんか来ないだろうと思って私からゆきあに連絡することは避けてきたけれど、もし彼女が私の配信を観ていたら何かしらのリアクションがあるはずだ。

 だから、少し待ってみよう。


 その日は結局ゆきあから連絡が来ることはなく、次の日を迎えた。

 今日はなんと運営から緊急会議に召集され、私はおよそ半年ぶりに事務所に立ち寄ることとなった。

 事務所には見知ったスタッフから初めましてのスタッフ、さらに毎年恒例の周年ライブのプロデューサーやディレクターまで勢揃いしていた。

 セレナーデの躍進に関わった縁の下の力持ち達が一堂に会して行われた会議では終始小難しい話が繰り広げられていたが、要約すると「セレナーデを存続させましょう」という前向きな会議だった。

 机上の空論ではなく、具体的な案を出し合ったりして、いかにこの窮地を切り抜けるかをみんなで考えたりしてとても有意義な時間だった。

 事務所がいつなくなってもおかしくないという瀬戸際なのもあったのだろう。会議が白熱しすぎて、終わる頃には夕方になっていた。

 でも、事務所の人達がセレナーデのために熱くなってくれていたのが私は嬉しかった。

 これなら、セレナーデを立て直すことができるかもしれない。

 気持ちを入れ換えて、ここからまた頑張ろう。

 私は夕暮れに染まる街並みを眺めながら、帰路についた。





 その夜。スタッフから提示された具体案の資料を眺めていると、ディスコの通知音が鳴った。

 ディスコはセレナーデライバーしか交換していないので、セレナーデの誰かということになるが誰だろう?

 相手を確認すると、それはゆきあからだった。


「あ、ゆきあ」


 思わず声に出してしまった。

 まさかこんなに早く反応が来るなんて。

 私はロック画面に表示されたメッセージを確認した。


『配信みたよ』


 画面にはその一言だけが表示されていた。

 続きの文章があるようにも思えない。

 なに他人事みたいな態度とってんだって思ったけれど、せっかくゆきあの方からリアクションがあったのだから邪念を振り払い、返信をするためアプリを開いた。

 なんて送ればいい?

 ゆきあはなんのつもりでこの文章を送ったのだろう。

 彼女とは数年来の付き合いがあるが、流石にこれだけでは彼女の真意を判断できない。

 特に意味なんてないのかもしれないし、私に助けを求めているのかもしれない。

 ただ、こうして連絡をくれたということは、彼女の心を動かす何かしらの作用があったということには違いないだろう。

 私は慎重に言葉を選びながら、文章を作成した。


『ゆきあ!みんな心配してるぞ!』


 悩んだ結果、私は皇まりあとしてゆきあに接することに決めた。

 私がゆきあの立場だったら、いつもと同じように接してほしいと思うから。

 だからきっと、ゆきあもそれを望んでいるだろう。

 私はスタッフでも運営でもなく、仲間なのだから。


ゆきあ『誰かに言われた?』

まりあ『なにを?』

ゆきあ『私に連絡とれって』

まりあ『言われてないわ。これは私の意志だから』

ゆきあ『ふーん』

まりあ『なに?』

ゆきあ『いや、信じるね』

まりあ『おう。それよりお前今どこで何してるの?』

ゆきあ『家でまりあとメッセしてる』

まりあ『そうじゃなくて、謹慎してるんでしょ?』

ゆきあ『やだ。そんなの聞きたくない』

まりあ『ならなんで返信したのさ』

ゆきあ『まりあ怒ってる?』

まりあ『はあ、ちょっと通話できる?文字打つのめんどい』

ゆきあ『いいよ』


 チャットだと回りくどいので、私はゆきあを通話に上がらせることにした。


まりあ「聞こえる?」

ゆきあ「聞こえるよ。まりあの声久々に聞くんだけど」

まりあ「どうよ、久々に聞く私の声は」

ゆきあ「え、どうだろ、なんか変な感じする」

まりあ「え、声変?」

ゆきあ「変じゃない変じゃない! でもなんか……まりあってこんな声だっけってなった。オフモードだからかな?」

まりあ「配信外はいつもこうじゃん」

ゆきあ「そうだよね! どうしよ、私まりあの声忘れちゃったのかな」

まりあ「おい」

ゆきあ「でも懐かしい感じする。体感1年くらい会ってないみたいな。不思議だね!」

まりあ「不思議だね! じゃないんだよ」


 あの騒動があったから時間の経過が早く感じているんだろうなと思ったけれどそれは言わないことにした。

 せっかくこうして話せているのに、余計なことを言ってゆきあの機嫌を損ねることはない。

 それにしても、この局面でもゆきあは相変わらず飄々としているな。

 無理している感じもないし、こいつのメンタルは一体どうなっているんだ。

 でも流されてはいけない。ゆきあには聞かなくてはいけないことがある。

 それは、退所の件だ。ゆきあは本当にセレナーデをやめようとしているのか、それとも何かの間違いなのかどうかだけは確認しておく必要がある。


まりあ「ねえ、私の配信観たならさ、なにか言うこととかないの?」

ゆきあ「あれ私のためにやってくれたんだよね? 嬉しかった」

まりあ「嬉しい?」

ゆきあ「私色んな人に迷惑かけちゃったから、もう誰も味方になってくれないと思ってたんだ。でもまりあは私のことちゃんと考えてくれてたってことでしょ?」

まりあ「考えるに決まってるだろうがよ……私だけじゃない、響やリスナーも一緒だよ」

ゆきあ「そうだよね……でも今の私はセレナーデの悪者だから……」

まりあ「だからなに? そうやってふてくされてるの?」

ゆきあ「怒んないでよ。まりあ怖いよ……」

まりあ「っ……ああもう、調子狂うわ」

ゆきあ「まりあは私の味方だよね? 守ってくれるよね?」

まりあ「今はそういう話してるんじゃないだろ……」


 そうだ、この感じ。

 ゆきあはこういう子だった。

 きっと反省してはいるんだろうけど、どこか計算高く見えてしまうトリック。

 この性格のせいで、ゆきあは敵を作りやすかったんだ。

 私も当初は、ゆきあのことを計算高い女だと思っていた。

 でも今なら分かる。ゆきあは計算高いのではなくて、素の状態でこれなのだ。

 天性の人たらしとでも言おうか。元来の人懐っこさと愛嬌で人を魅了して、取り込んでいく。

 女の私でさえ、油断したらゆきあに落とされてしまいかねない魔性のオーラ。

 それが彼女の持つ最大の武器にして、欠点でもあるのだ。

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