皇まりあの復帰配信1
園原さん(マネージャー)から送られてきたメッセージ。
それは、ゆきあが事務所を退所したいと申し出たという内容だった。
ぼろぼろの焼け野原に追い討ちで爆弾が投下された気分だった。
怒りとか悲しみとか、そういう感情を通り越してただただ困惑することしかできない。
他のメンバーは? 事務所の対応は?
色々と聞きたいことはある。
だが今はゆっくり話している時間はない。
私はおでこに手を当てて、深く溜め息をついた。
その可能性については考慮してなかったな……。
ゆきあは暴走したら何をしでかすか分からない。
謝罪配信からそう時間を置かず、退所の申し出をしたということは彼女も相当焦っているのだろう。
もしかしたら、物事の分別がついていないかもしれない。
彼女は少し精神的に脆い部分があるのだ。
もう1年くらい前になるだろうか。ゆきあとオフで函館の温泉旅行に行った時のことだった。
温泉に入った後、私が部屋で寛いでいるとゆきあが猛然と部屋に飛び込んできて「財布盗まれた! どうしよう!」と言ってきたので受付に行って財布が届けられているか確認したけれどなくて。
財布を盗まれたと思い込んだゆきあはその夜、泣きながら「来なかったらよかった」だの「盗んだやつの親族もろとも病死すればいい」だの愚痴っていて宥めるのもしんどかったのだけれど、結局泣き疲れて寝てしまって。
でもその翌朝、帰り支度をしていたらゆきあが「まりあ~! 財布荷物の中にあった~!」と言ってきて、あれだけ騒いでおいてなんじゃそりゃ! となったことがある。
旅館の人も巻き込んだ挙げ句、ただの勘違いですよ。
おまけに泣きついてきたゆきあを宥めていたから寝不足だったし。
だから、今回もきっと思い込みやらなんやらで暴走してしまって後に引けなくなっているだけだと思う。
ゆきあの退所云々はとりあえず保留だ。
今は配信に集中しなくちゃ。
何も配信直前にメッセ送ってくることもないのになあ。
園原さんのおかげで胃をきりきりと痛めつつ、私は配信を決行することとなった。
コメント
:このタイミングで配信できるのまりあだけだろうなあ
:明らかゆきあの件だろ。これで触れないほうが無理がある
:どうせこの人もやってたんでしょ?もうこの箱も終わりだねw
:闇営業はやばいっす
:コメ荒れてきたな
:黙って見ろ
:まりあを一緒にするな。休暇中だったんだよ
:闇営業の件はだんまりか?
:これで当たり障りないことしか言わなかったら見損なうわ
:でも別に誰にも迷惑かけてなくね?
:問題児抱え込むのも大変だな
:いっそ全員で独立すれば解決
:トップがやらかすと悲惨だな
うわ、やっぱり荒れてるなあ。
コメントはメンシ限定にした方がよかったかもしれない。
いや、それじゃだめだ。肯定も否定も受け止めなくちゃ。
ここで下手に保身に走ったら、むしろヘイトが増幅してしまう恐れがあるし。
まあ私はあの事件を乗り越えた経験があるからまだいい。
でも新人の響にこの重圧は負担が大きすぎるかもしれないな。
「響、大丈夫そ? やばかったらコメント見なくていいから」
『今一瞬コメント見たんですけど、「この箱ももう終わりだな」ってコメントが目に入りました』
「おいおいやめてくれよ……今から説明会するんだからさあ」
『私ほとんど補助できなさそうなんですけど大丈夫ですかね?』
「大丈夫大丈夫。昨日も言ったけど相槌打ってくれてたらいいから」
とはいえ、どうなるかは私も想像がつかない。
事務所から注意が入るかもしれないし、アーカイブ非公開になるかもしれない。
ただ、ここから挽回できれば、時間はかかるかもしれないけれど箱として少しずつ復旧していけるはず。
そんな不安と期待が入り交じる中、皇まりあの復帰配信は開始された。
配信パート
まりあ「今日待機列すごいんだけど。何かあったの?」
響「あったかもしれないですね……」
なんて言って配信を始めるか悩んだ末、まずは軽くすかしてみた。
もちろん、視聴者の大半はジョークだとわかるだろう。
あんまり深刻な感じにしないためにも、こういった小ボケを挟みつつ進行していこうと思っている。
響の立場は一番難しいだろうけど、そこは頑張ってもらうしかないな。
コメント
:5000人以上いたねw
:注目されてる
:知ってるやろ
:この人も被害者だよね
:どう弁解するんや
:まりあは何もやってないやろ
:響もいるのか
:おかえりー
まりあ「私昨日帰ったところだったんだよ。それなのになんかうちの事務所がてんやわんやでさ、全然整理もできてないし誰からも返信返ってこないしでどういうことって感じなんだけど。あ、響には後でメッセ送って返信くれたけど」
響「そうですね。個人的に連絡くれたので」
まりあ「単刀直入に聞いていい?」
響「な、なんでしょう」
まりあ「誰かなんかやらかしたの?」
響「……それを私に聞くのは意地悪じゃないですかまりあ先輩」
まりあ「え、聞いちゃだめなやつだった?」
響「だめではないけど返答に困ります」
響は少なからず動揺しているように思える。
そりゃ、相槌だけ打ってればいいって言われてたのに、私が割とぐいぐい行くから話が違うとなってもおかしくない。
でも、配信が始まってみるとなんとなくこっち路線の方がいいような気がしたのだ。
だから私としては、このまま突き進むしかない。
響には悪いが、少しの間付き合ってもらおう。
コメント
:やめてやれw
:後輩をいじめないでw
:絶対わかってるやろw
:響萎縮してるじゃん
まりあ「なんでセレナーデが廃墟みたいになってるのか聞いてるんだよ。今私達以外誰も配信してないよね? 閑古鳥が住み着いちゃうよ」
響「ゆ、許してくれえ」
まりあ「あはは、ごめんごめん。今のは全部ジョーク」
響「笑えないんですよそのジョーク……」
まりあ「なんで? 別にやましいこととかないでしょ? 少なくとも私らは」
響「あわわわ……」
まりあ「私はさ、里帰りの話とかしたかったのにさ、誰かさんのせいでこんなことになっててもう悲しいよ。悲しいよ私は」
コメント
:ギリギリを攻めてるのになんだろうこの人の安心感
:これなんだよ...まりあに求めてたものは
:同期の過去最大の不祥事を茶化していくスタイル好きだぞ
:いいぞもっと言ってやれ!
まりあ「あ、ちなみにさっきも言ったけど響には私の方から声をかけて、この場所まで引っ張ってきました。事前の打ち合わせも全て私主導でやってます。もちろん、この配信内容も全て私が考えたことだからね。何が言いたいかって言うと、響に責任はないってことね。オーケイ、コメント欄諸君」
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