こんな時だからこそ配信しよう!
私は早速、今回の件とは無関係の霧谷響に個人チャットを送った。
『やあ!』
事務所の存亡がかかっている割にかなり軽いメッセージだけれど、皇まりあならこう送るだろう。
ここで重いテンションでアクションかけてしまうと、返信することが負担になる恐れがある。
だからあくまでもいつも通りにしていることが大切なのだと思う。
こんなことになってるけど、私は至って冷静なんだぞと振る舞うことで、相手に安心感を与える目的もある。
待つこと数分、アプリの通知音が鳴った。
相手はもちろん響からだ。
『おかえりなさい』
返ってきたのはそれだけだった。
恐らく、彼女も私がただ帰宅の報告をしにきただけとは思っていないはず。
だからこそ私はただの雑談で茶を濁すつもりはなかった。
『帰ってきたらなんか事務所がやばくなってたんだが』
『ですよねえ...』
『響は今どうしてるの?』
『配信したいんですけど重圧に耐えられそうになくて...配信からは少し遠ざかってます』
『まあそれもやむなしよ』
はっきり言って、今の状態で響一人で配信するのはかなり負担が大きいだろう。
彼女は最年少にして一番後輩だし、不祥事をやらかした先輩にも言及しづらいだろう。
さらに配信枠を立てれば、混乱したリスナーからの質問責めに遭うことも予想される。
中には心ないコメントだって寄せられるかもしれない。
だから、大事をとって休止していたのは賢明な判断だと思う。
『まりあ先輩はどこまで知ってます?』
『マネちゃんからあらかた聞いた。あいつらまじドアホよ』
『なんとも言えねえです...』
『後輩だもんね。でもこういう時だからこそ静観してるだけじゃよくないと思うんよ』
『配信するんですか?』
『逆にしない選択肢とかないよ』
『やっぱりまりあ先輩なんだよなあ』
『ちなみに君も引っ張ってくから、ヨロ!』
『え、まじですか...』
どさくさに紛れて誘ってみたけれど、思った通り乗り気ではないみたいだ。
でも、私としてはなんとしても響を配信に出したいのだ。
響は気乗りしないだろうけど、その方がリスナーも安心するだろうし。
事務所の経営が傾くレベルの出来事が起きて、リスナーはさぞかし不安になっているはず。
このタイミングで私が出ていくことでいつもよりも多くの注目を集めることはできると思うけれど、事務所側……いや、ライバー側の誠意を伝えるには人数は多い方がいい。
仮に響が出なかったとしたら、私は配信するのに響は配信しないのかみたいに言ってくる層もいるかもしれない。
総合的に見て、響を出さない手はないのだ。
『響は適当に相槌打ってくれてたらいい』
『騒動のこと話すんですか?』
『いや、私も詳しくは教えてもらってないからどっちかと言うと視聴者を安心させるための配信かな。何を話すかはその時考える』
『こんな嫌な汗かく配信初めてですよ』
『だろうね』
響からしたらただ巻き込まれただけだし、勘弁してほしいって感じかもしれない。
私も帰省から帰ってきて早々仲間のやらかしを聞かされた時はこいつら何しでかしてくれてんの!? と思った。
でも、よくないことなのだけれど、今の私は不思議と高揚している。
セレナーデが大きくなるにつれて、デビュー当時の「尖り」はなくなってしまったと勝手に思い込んでいたけれど、まだまだ丸くなるのは早かったらしい。
ただ、立ち回りを間違えてはいけない。それは絶対条件だ。
『早速だけど明日の夜とかどう?』
『え、明日やるんですか?』
『こういうのは早ければ早いほどいいんだよ』
『私は大丈夫ですけど...こんな渦中に配信したら荒らしとかすごいんじゃ...』
『Vtuber嫌い達からの総攻撃にあうかもな!w』
『笑えねえwww』
『まあその分味方も多いと信じるよ』
『せめてコメント欄は非公開にしませんか?』
『うーん、それも考えたけど私がもしリスナー側だったらそれは微妙かなって。保身と思われるのも癪だし、リスナーに寄り添うのが目的なのにコメントなしっておかしいじゃん?』
『そうですか』
『不安かい?』
『まりあ先輩がそう言うなら私は黙ってついていくだけです』
『巻き込む形になって申し訳ない』
『いえ。まりあ先輩が道を作ってくれるから歩いていけるんだと思います。決戦は明日ですね』
『決戦は金曜日』
偶然にも明日は金曜日だったと思い出して、ノリで某有名曲のタイトルを送った。
恐らく、響には伝わっていない。世代的に。
『運営さんから怒られたりしませんかね?』
『これはただのコラボ配信だから大丈夫でしょ。怒られたらその時はその時』
とはいっても、マネちゃんに配信内容の確認をしてもらわないといけないんだけどね。
まあ私の担当マネちゃんは私の意見を優先してくれる人だから、ほぼ丸々通ると信じてる。
こういう時、上場しているVtuber企業だったら絶対に止められるんだろうな。
『明日何時なら大丈夫?』
『明日は提出物もないのでいつでも』
『レコーディングあるとか言ってなかった?』
『曲の販売延期したので...』
『延期したの?あんなに気合い入ってたのに...悲しいね』
響は近々、初のユニットソングのレコーディングを控えていた。
セレナーデライバーとの初ユニットとあって気合いの入れようも大きかったように見えたのに、ゆきあを筆頭に馬鹿な先輩たちのせいでスケジュールが完全に狂ってしまったのだ。
これに関しては可哀想でしかないな。
『しょうがないですよねー』
『しょうがないわけないじゃん?絶対販売できるから!』
『そうだといいですね...!』
初のユニットソングは響にとってもきっと大きな意味を持つはず。
今回の件でプロジェクトが立ち消えになったら、それこそ悲劇だ。
ますますしくじれなくなってきたぞ。
響とのチャットを終えた後、私は入浴しながらTwitterを開いて、投稿する文章を考えていた。
内容はもちろん、明日の配信のことだ。
見る人が見たら、大事な文章を入浴しながら考えるなって言われそうだけど。
数分悩んだけれど、結局一番最初に浮かんだ言葉を届けることにした。
『皇まりあただいま戻りました。早速ですが明日配信します!』
シンプルだけれど、これくらいの方がむしろ印象に残るものなのだ。
念のため他ライバーのアカウントをチェックしてみると、ある時期を境に更新はストップしていた。
さらに、セレナーデ公式アカウントでは該当ライバーに謹慎処分を下したという旨の説明と、リスナーや提携企業等への謝罪の言葉が並べられたテンプレートが投稿されていた。
ゆきあの謝罪配信は、思った通り非公開になっているようだった。
ライバー10名のうち8名が不祥事により謹慎、公式アカウントはストップ、予定していたプロジェクトも延期。
今やセレナーデは風前の灯火だ。
ここから立て直すのは、下手したら新しく事務所を立ち上げるよりも大変かもしれないな……。
とにかく明日、頑張ろう。
少しでも風向きをよくして、事務所へのヘイトを上手く逸らしたい。
新しいスタートを切るための第一歩になるように。
ゆきあの謹慎が空けたら、無理にでも引っ張ってきて公開説教じゃ。
その後、私はマネちゃんと明日の配信内容について打ち合わせをした。
マネちゃんはやはり慎重になっていたけれど、概ね私のしたいようにさせてくれるとのことだった。
多分あとで上の人に怒られるんだろうな。マネちゃんの分まで頑張らなきゃ。
帰省してすぐだから疲れも溜まっているしぐっすり眠れると思っていたのに、明日のことを思うと落ち着かなくて、結局その日はVtuberの作業配信を観ながら朝を迎えた。
おかげで目はバキバキだし体も痛いけれど、なんだか祭り当日のような高揚感でそれも気にならなかった。
私って意外と図太いのかもしれない。
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