皇まりあ、動きます(1)

 私の担当マネージャーである園原さんは実に優秀な働きをしてくれている。

 とにかくライバーのプロモーションが上手く、配信で何気なく発言したことや裏での日常会話で出てきたサービスやゲームを案件に繋げてくれるし、このゲームやりたいんですけどと相談したら、場合によるけれどすぐに配信許諾を貰ってきてくれる。

 それでいて担当を兼任しているのだから恐れ入る。

 彼女は元々は企業勢Vtuberとして活動していたらしいのだけれど(誰なのかは聞いていないので知らない)、そこの運営がなかなかクソで、やりがい搾取されていた経験があるからこそVtuberにとって居心地のよい運営体制を作りたくてこの職に応募したという話を聞いたことがある。

 人に歴史ありである。

 その意気込みに違わず、園原さんはVtuberファーストで物事を考えてくれるし、時には運営方針を巡って運営とぶつかったりしたこともあると本人以外のところから聞いたりもしている。

 私はあまり無理はしすぎない方が身のためだとさらっと忠告したりはしているけれど、どこまで届いているかは分からない。

 そんな彼女指導の元、おおよそ平和に配信活動を楽しんできた私ではあるが、その安寧が脅かされようとしている。


『順を追って説明しますね。話せる範囲までですけど...』


 事務所所属のVtuberとはいえ、もちろん内部事情の全てを明かされるわけではない。

 私に騒動の詳細を話すことで園原さんの立場が危うくなる可能性もなきにしもあらずなのに、こうして説明してくれようとしている。

 恐らく相当焦っているのか、私なら話しても口外しないだろうと踏んでいるのか。

 彼女の心情は彼女にしか分からないけれど、私なら、事務所存亡の危機となったら一人だけで抱えているのは辛いだろうな。

 黙っていることで余計神経が疲弊して、マネジメントにも影響が出るくらいなら誰かに話して楽になったほうがいいのかもしれない。

 まあ、どのみち私の耳に入ることなんだろうけど。


『ミッチーという方をご存知ですか?』


 ミッチー。私の想像が間違っていなければ、暴露系YouTuberだったと思う。

 普段はそういうのは全く見ないし、たまたま目に入ってもすぐ忘れるのだけれど、ミッチーさんは珍しく女性の暴露系YouTuberであるということでなんとなく覚えていたのだ。

 このタイミングでミッチーさんの名前が出てきたということは、そういうことなのだろう。


『名前くらいは知ってます。見たことはありませんけど』

『その人に小金こがねゆきあさんがリークされてしまいまして...しかも結構有名な人らしくて、風の速さでリークが出回ってしまい。内容的には、プライベートで男性絵師さんとゲームをしていたという他愛もないものだったんですけど』

『え、どうしてそれで炎上するんですか?』

『そのゲームがFPSだったんですよね。うちってFPSは全面的に禁止されてるじゃないですか。だから裏切られたと感じるリスナーさんも一部にはいたみたいで。それでも事務所としてはライバーのプライベートはライバーに一任してますし、声明文も出さずに静観してたんです』


 なるほどなあ。正直、いくらリスナーとはいえライバーのプライベートに介入するのはいかがなものかと思う。

 事務所では確かにFPSは禁止されているけれど、それはあくまでも配信活動としての話なのだ。

 プライベートで誰とゲームを楽しもうが勝手だし、批判されるいわれはないのではなかろうか。

 私は絶対にFPSをしません!と宣言しておいて裏ではFPS漬けとかだったら、めっちゃ嘘つくやんって思うけれど、それもそれで配信上でのパフォーマンスともとれるし。

 以上の観点から、事務所の対応は正しかったと個人的には考える。

 まあ、Vtuberというジャンルの性格上、デリケートな問題であることには変わりはないし、ライバーに裏切られたと感じるリスナーが現れても仕方がない。

 それでもそんなことで炎上してしまうのかと思うし、この程度なら火種もすぐに収まるのではと楽観視した。

 しかし、次の園原さんのメッセージを見て、その考えは百八十度覆った。


『そしたら、それで腹を立てたであろうリスナーさんが、ゆきあさんが闇営業をしていたという内容のツイートと証拠写真を投稿しまして...これがまずかったです。ゆきあさんは事務所の預かり知らないところで活動名を使って営業してたんです』

『はあ?』


 正直、さっきまではゆきあに同情していた。

 でもそんな気持ちは消え去って、なんてことしてるんだという怒りに置き換わった。


『それは確かなんですか? 捏造とかじゃなくて』

『私も初めは逆恨みしたリスナーの嫌がらせだと思っていました。でも数日後に、ゆきあさんの闇営業先にいたと思われる人がミッチーさんのYouTube上で証言したことで動かぬ証拠となってしまいました。多分、ミッチーさんが関係者に情報提供を呼びかけたんでしょうね』

『なるほど。理解しました。ちょっとあいつ殴ってきます』

『それで済むならどれだけよかったか...』


 私には園原さんのその言葉が痛いほど分かった。

 ゆきあはセレナーデの1期生として共にVtuber界を駆け抜けてきた仲間だ。

 それは他の後輩達も一緒だけれど、やはりセレナーデの躍進を一番近くで見てきた者同士特別な感情があるのは確かである。

 今でこそ所属ライバーの合計チャンネル登録者数が200万人を超えるモンスターグループになったけれど、ここまでの道のりはそう簡単ではなかった。

 最初の方とは大分方向性が変わったし、スタッフも最初の頃とはかなりメンツが変わっている。脱退したメンバーもいた。

 それでも諦めずに、どんどん狭まる規約にも屈することなく自分達のやりたいことを表現してきたつもりだ。

 なのに、突然の裏切り。私はさっき怒りと表現したが、悔しさの方が大きいかもしれない。

 それは盟友に裏切られたというショックと、なぜなんの相談もしてくれなかったのかという失望だった。


『ゆきあ以外も活動停止してるんですよね。今の話だけ聞くとゆきあだけが悪いように聞こえるんですけど』

『はあ、ここからが本当の地獄なんです』

『ほうほう?』


 私は冷静を装ったが、内心何が飛び出すのかとひやひやしていた。

 そりゃそうだ。大切な自分のグループのことなのだから。

 もう何が来ても驚かないと思っていたが、園原さんから告げられたものは私の想像を上回ることだった。



 ※長くなったので分けました。後半は20時に更新されます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る