第1章 炎上から始まるstory

大黒柱の帰還

 王寺おうじ紅葉くれは。昨日まで実家に帰っていて、今日やっと自分のマンションに帰宅。

 家族と会うこと自体久しぶりだったから、積もる話もあったりでなかなか濃い時間を過ごすことができた。

 特に妹に彼氏が出来てたのには驚いたな。私の肩をぽんとして、「お姉ちゃんもいい人見つかるって」とかほざいてきやがったので、別に出会いとか求めてないわと一蹴しておいた。

 全く、前までは「お姉ちゃんに養ってもらう〜」とか言っていたくせに相手ができた途端これだよ。

 まあ、元気そうで良かったけれど。


 およそ90日ぶりの自室は、懐かしい匂いがした。

 木の匂い、誕生日に妹にもらったルームフレグランスの匂い。自分の部屋特有の匂い。長く空けていたから若干埃っぽいな。

 そして、配信機材。私のもう一つの顔、すめらぎまりあにとってなくてはならないものだ。

 私は皇まりあとしてVtuber活動を行っている。

 その名を聞けば、少しVtuberを知っている人なら反応してくれるはずである。

 自分で言うのもなんだけれど、まあまあ人気はある方なんじゃないだろうか。

 それも、セレナーデという箱の恩恵によるところがかなり大きいけれど。

 セレナーデとは、私が所属するVtuberグループだ。

 ライバーは私を含め10名所属しており、全ライバーのチャンネル登録者数の合計は200万人を超えていたと思う。

 私がどうしてVtuberになったのか、どうしてセレナーデに加入したのかについては話すと長くなるのでまたの機会に。

 セレナーデは女性ライバーオンリーの箱で、いわゆるアイドル売り的なことをしている。

 本人がアイドル売りとか言っていいのかと思うけれど、客観的な意見を述べているだけだと思って許してほしい。

 アイドル売りとはどういうことかと言うと、その名の通り、アイドルのような活動を行うことである。

 例えば、うちの場合は特製ブロマイドやイベントでのチェキ撮影、節目節目に行われるライブ等が挙げられる。

 活動内容は事務所によりけりだとは思うけれど、一番は「アイドルを自称しているかどうか」で分かれると言ってもいいだろう。

 地下アイドルなんかは、自分は地下アイドルですと名乗れば地下アイドルになるらしいけれど、それに近いかもしれない。

 別にアイドル資格などは持っていないけれど、自他共に認めるアイドル(一部例外あり)。それがVtuberアイドルの全貌なのではないだろうか。

 とはいえ、私は別に自分のことをアイドルだと思ったことはない。

 生誕ライブとかイベントとか、義務だから一応やってはいるけれど、私の本分はゲームが好きなだけのただの女だ。

 それはこれまでもこれからも変わることはないだろう。


 皇まりあの復帰配信は、三日後となっている。

 予定が押してもいいように、一応余裕を持って見積もっておいたのだ。

 この余った時間で私がすることと言えば、セレナーデメンバーとマネージャーに帰宅のメッセージを入れることと、配信の準備をすることと、霧谷きりたにひびきの狼集会をチェックすることくらい。

 霧谷響の狼集会とは、隔週(響曰く狼の気まぐれ)で朝8時に行われる、セレナーデ限定のニュース番組である。

 これを見れば、セレナーデで今何が起きているかが分かる。

 ただ、ここ最近は更新されていないようだった。

 それどころか、配信自体少ない。響は基本的に週二回行動なので、そもそも配信頻度が高いわけではないのだけれど、それにしても少ない。

 体調不良とかかな?

 私はそこまで気にかけず、メンバー用のディスコードに「皇まりあ帰還」と送信した。


 一時間経っても、誰からも返信はなかった。

 「あれ、私嫌われてる?」と冗談で送るも、一向に返信はつかず。

 これは何かあったな。

 私は嫌な予感を抱きつつ、マネージャーへの連絡は後回しにして自分の配信の準備に取り掛かった。

 その日の夜。マネージャーに「ただいま戻りました」と送ると、すぐに「おかえりなさい。休暇は楽しめましたでしょうか」と返ってきた。

 メンバーへのメッセージが未だに放置されていることへの不安が募っていたのもあり、とりあえず一安心。

 軽くやり取りを済ませてから、私は安心ついでに、特に深い意味もなく『さっきメンバーにディスコ送ったんですけどガン無視されて萎えました』と切り出した。

 すると、マネージャーから『そうか...まりあさんは知らないんですね』と何やら含みを持たせた返信がきたものだから、私はこう返すしかなかった。


『え、何かあったんですか?』

『メンバーがやらかしました。今我が事務所は地獄です』

『やらかした? もしかして炎上ってやつですか?』

『そうです。今は8名が活動休止中なんですよ』

『は?』


 私は自分が想像していたよりも深刻なことがグループ内で起きていることを知り、少なからず動揺した。

 活動休止にまで追い込まれてしまうなんて……一体あいつら何したんだよ……。

 しかも、8名だと? これはグループのほとんどを占める人数である。

 私が休暇を取る前はこんな事態には陥っていなかったので、この数ヶ月で何かがあったということになる。

 詐欺でもしたのかよ……いや、それなら解雇が妥当か。


『ちょっと事態が飲み込めてないんですけど、かなりヤバい状況ですよね?』

『ヤバいどころか、グループ創立以来の大波乱ですよ!だからまりあさんが戻ってきてくれて安心しました。このまま帰ってきてくれなかったら、あんまりこういうこと言っちゃいけないんですけど最悪の場合、セレナーデ解散もありえない話ではないので...』

『ちょっと待ってください。話が飛躍しすぎてませんか?それともそんなに取り返しつかないことでもしたんですか?』

『積み重ねですね...色々ともう、タイミングが悪すぎて。マネージャーとしてまりあさんには伝える義務があると思うので何があったか伝えさせていただきますね』


 そして私はマネージャーを通して騒動の全容を知ることになる。

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