第10話 美紀を離せ
硬直から解き放たれた神介が、振り向くと同時に、駐車場を駆け抜け、開け放たれた玄関から室内に飛び込んだ。
玄関から廊下、明かりが漏れるリビングに飛び込んだ。
美紀が白いソファーに座っている。いや、ソファーの上で捕らえられ、押さえ込まれている。
美しい女性であった。モデルだった雪子よりも、姉の美紀よりも美しい。
笑っていた。血色の瞳を輝かせて。
漆黒の長い髪が、緩やかに前足にかかっている。
服を着ていない身体は、やはり女性特有のしなやかさを保っているものの、獣のような体長は、2mほどであり、灰色の体毛は短く尾も短い。
美しいが人間ではない。この世に存在する全ての生物とは異なり、存在そのものが禍々しさを感じさせる。
しかし、どんな男性であっても、その微笑みの前では心を奪われる。目を合わせれば、男達を隷属させる怪しい魅力を保持している。
紅の唇の端には、鋭い犬歯が光っている。灰色の短い体毛に包まれた右腕らしきものが、美紀の肩に回され、獣のような鋭く尖った爪が白く柔らかな喉を掴んでた。
「助けて! 神介!」
涙で濡れた美紀の瞳が、神介を信じ、そして助けを求めている。
「ほう、ピチピチしていて美味しそうな若者だねぇ。年寄りは、不味いんだよ。肉が硬いしねぇ」
「離せ! 美紀を離せ!」
身体中が、怒りに燃えていた。一番大切な美紀をいじめるものは、許さない。たとえ誰であっても。
リビングの奥にキッチンがある。神介は剣先の折れた木刀を捨て、リビングの奥に走った。
雪子も料理がうまかったが、義雄もまた料理が得意だった。肉、魚など何でも調理するため、様々な包丁が揃えてある。
柳葉包丁を掴んだ。刃渡りがゆうに30㎝を超す、まるで小刀である。
「いやぁ、やめて!」
女が、いや女の顔をした獣が、美紀の顔を舐めている。のがれようとするが、美紀の喉を鋭い爪がしっかり掴んで離さない。
「離せ! 美紀を離せ!」
包丁を握りしめ、飛びかかろうとした神介に、新たな敵が出現した。
独特の臭いが漂った。混在した臭いである。鼻をつく生臭い血臭とミントの臭いが混じり、吐き気を催す。
そして頭の中を、直接叩くような、激しい思念が響き渡った。
「殺せ! 殺せ!」
明るい照明の下に、異様な光景が室内を凍りつかせた。
玄関とリビングをつなぐ廊下とドア。ドア枠をまるで紙を破るように破壊しながら、獣たちが室内に飛び込んできた。
先ほど家の裏側で、神介に襲いかかった三匹の獣たちである。暗闇色の剛毛に包まれている。熊、虎、狼に似ているが、まるで異なる。
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