第8話 すごい
(ああ、いやされるなあ)
小学校の昼休み。
裏庭に設置された飼育小屋にて。
当番以外が入れないように木の柱と金網、トタン屋根の飼育小屋にもカギがかけられていたが、小屋から少し離れた場所にも囲うように金網が設置されており、出入り口には鍵もかけられていた。
当番ではない琳はしゃがんで、その外枠と内枠二重の金網越しにチャボとうさぎを見ていた。
十分休みや昼休みにも師走さんに話してみる。
そう言ってから五日が過ぎていたが、琳は話しかけられないでいた。
学校に着いてからのおはようと、学校から帰る時のじゃあねは続けて言えていたが、十分休みや昼休みに話しかけるのは、難しかった。
(燐歌さんは急がなくていいって言ってたけど)
時々見せる顔がとても切なくて。
早く会わせてあげたいと強く思っているのに。
(よし。昼休みはまだ残っているし。話しかけよう。うん。本を読んでいても)
「おい」
「はっい」
琳が立ち上がろうとした時だった。
突然呼びかけられて顔を声がする方に向けたら、翔太がいたのだ。
心臓が口から飛び出たと思いながら、琳は立ち上がって翔太に向かい合った。
「おい」
「はい」
「おい」
「はい」
「おい」
「はい」
(どんどん顔も声も怖くなってる)
すごいなあとは思うのだ。
きっと強い想いを持っているから、こんなに怖くなれるんだ、すごいなあと思うのだ。
思うのだけれど。
やっぱり怖いので、身体も心も小さくなって、ドッゴンドッゴンと心臓の強い音が出るのだ。
(だめっ。だめっ。師走さんが目の前にいるんだ。今、質問しないで)
「お「師走さん!」
声を被せてしまったと焦りながら、この勢いのまま琳は質問することにした。
「師走さんが昼休みに読んでいる本って何かな?」
「無差別格闘技の心得が書いている本」
「無差別格闘技って何かな?」
「色々な格闘技をかけ合わせた何でもありの格闘技」
「何でもありって。あの。あの。えっと。お相撲とか。あの。えいやって人を背負い投げするのとか。色々全部?」
「柔道な。そう。そういう闘うの全部かけ合わせのを無差別格闘技って言うんだって。先生が言ってる」
「先生って?」
「俺に無差別格闘技の教えてくれる先生」
「習いごと?」
「ああ。学校終わったら行ってる。毎日行きたいけど、先生が毎日はだめだって。週に三回だけ」
「先生って強い?」
「ああん?」
(あ、当たり前なことを質問して、怒らせちゃったのかな?)
「あったりまえだろうが。先生は世界一強いんだ」
「うわあ。すごいっ。すごいねっ。世界一だなんて。すごいっ。すごいっ」
「じゃあ会ってみるか?」
「うん」
「………そうか。わかった。じゃあ、放課後。学校終わったらここに来いよ。連れて行ってやる」
(あれ?私)
「昼休み終わるぞ」
「あ。うん」
(あれ?私)
琳は翔太の後ろを歩きながら思った。
勢いのまま返事をしたけど、これでよかったのかな。と。
(あれ?そう言えば。師走さんはどうして私に声をかけたんだろう?)
(2023.5.25)
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