第7話 知りたかった




 かわいいなあ。

 頬を朱に染めて本に集中しようとしている琳を見ながら、燐歌は思った。

 自分はこんなかわいい顔はできなかったなあ。




 感情は消せ。

 最初の命令はそれだった。

 いついかなる時も冷静に判断するために感情は不要。

 喜怒哀楽。

 すべて消せ。

 すべて消して、すべて自由に出せるようにしろ。


 忍びの里に生まれた宿命だろう。

 疑問を抱くことすらなかった。

 誰もが忠実にその命に従っているのだから。


 あの方に出会わなければずっと。

 うわべだけ。

 心の底から感情を出すことなんて、できやしなかっただろう。


(まあ、怒ってばかりで。笑うなんて)


 豊かな感情を隠しもせずに出していた人。

 忍び失格だとよく叱られてご飯なしの罰を与えられていた人。

 それでも反省せず、どこに隠し持っていたのか平気な顔で食べていた人。

 逞しい人だった。

 愚かな人だった。


 その愚かさが移ったのだろうか。

 こいねがってしまったのだ。

 生きている時はどうしても変われないけれど、死んで自由になったら。

 この想いを伝えよう。

 あいしている。

 この想いを伝えよう、と。


(愚かですよね。死んでから伝えたとて、どうしようもないのに)


 どうしようもないのに。

 時代を過ぎた今、こうして幽霊となってここにいる。

 あの方もどうしてか、ここにいる。


 伝えたい。

 同時に疑問を抱く。

 どうしてここにいるのか。

 どのような想いを持ってここにいるのか。




 知りたかった。












(2023.5.24)



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