同級生男子を典型的ラブコメ手法で赤面させようとしたら逆に赤面させられて悶えてしまうギャルの話

トウフ

同級生男子を典型的ラブコメ手法で赤面させようとしたら逆に赤面させられて悶えてしまうギャルの話

 月見里志乃やまなし しのはギャルである。


 身長は高校一年生の平均よりも少し大きいくらい。常日頃からスキンケアを怠っていない肌はまさに白磁が如く。制服はいつも着崩していて、リボンタイが辛うじて首に引っかかっているところが外見的だらしのなさに拍車をかけていた。

 しかし、怪我の功名とも言うべきか。美しくモチモチとした胸が創造する魅惑の谷間を覗く事ができるのだ。そんな胸を殊更に強調するようにウェストはきゅっと細く、そんな腰を支える尻は美しい輪郭を描き、クソ短いスカートに窮屈そうに収まっているのは、もはや芸術と称して良いだろう。


 髪は肩口で揃えたショートカット。左側を愛らしいデザインのヘアピンで止めていて、その切れ長の大きな瞳がクリクリと動くところがよく見える。そして首や手首につけた少々派手なアクセサリの数々──。


 そんなまさしく典型的なギャルは、しかし、放課後になっても校舎に残っていた。両手に紙パックのジュースを持って、軽やかな歩調で廊下を歩いてゆく。


 その足が向かうのは、一年生の彼女の教室。


 月見里志乃やまなし しのは教室の引き戸の前に立って。おもむろに紙パックのジュースをその引き締まりながらもむちっとした肉質感を備えた太ももで挟み込むと、スカートのポケットからコンパクトミラーを取り出して、髪や化粧の乱れをチェックする。よし、問題無し。


 志乃は改めて紙パックのジュースを握ると、自由になった足をサラリと持ち上げて、内履きの爪先で引き戸の取っ手に引っ掛けた。


「よっと」


 そして器用に引き戸を開ける。スカートが翻り、大股に開かれた白い足とその奥にある黒いショーツが白日の下に晒される。


「たっでーまー」


 教室に一人ぽつねんと残っていた男子生徒へ向けて、声高らかに宣言する。

 男子生徒は机に広げていた参考書から顔を上げると、喜色満面の志乃に鋭い視線を投げかけた。


「月見里、行儀が悪いぞ」


 その声は低くて重い。反論を決して許さない圧さえ潜ませている。


「えーだったら新妻が開けてよー」


 けれど、志乃は一顧だにしない。不平に唇を尖らせながら、男子生徒──新妻晴樹にいづま はるきの前の席の椅子に腰掛ける。


 新妻晴樹は高校生男子の平均な体躯から見ると、少々ガタイのいい少年である。身長百八十センチ弱の身体は肩幅が広く、手足も長い。髪はざんばらカット。顔はそこそこ端整だが、イケメンに呼ぶには少々厳ついイメージが強い。


 なにより、その仏頂面が近寄り難い雰囲気を醸し出している。着る服をそれらしいものにすれば、ヤのつく自営業の関係者と見なされても無理からぬ容姿の少年だった。


「新妻に分かるよう電波飛ばしたんだけど分かんなかった?」


 紙パックのジュースについた水滴をハンカチで拭い、彼の手元に置く。

 晴樹はジュースには眼もくれず、制服のポケットからスマホを取り出すと。


「SNSやメールには何も来ていないが?」

「いやそういう電波じゃないっつーの! 念ずる系の電波!」

「君は超能力が使えるのか?」

「冗談通じないにもほどがある……っ!」


 あーもーホント冗談通じないこいつー。


「悪かった悪かった今度からそーいう遊び無しにする」

「すまない。迷惑をかける」

「別にー。んな事いいから、早いとこ補習済ませちゃお」

「そうだな。これ以上、月見里の貴重な時間を奪う訳にはいかない」

「そんな事気にしないでいいって。ほら、ジュース飲めジュース。糖分補給しないと回る頭も回んねーぞ?」

「ああ、ありがたくいただく」


 そう言いながら小銭入れを取り出そうとする晴樹を、志乃が止める。


「あたしの奢り」

「だが、ただでさえ個人的に補習を見てもらっているのに、これ以上迷惑をかけるのは」

「んな事気にしてないから。ほらほら、ありがたく思えよー?」


 晴樹の眼前で紙パックジュースをちらつかせる。彼は仏頂面をさらに渋くするが、やがて観念したのか、改めて礼を告げてジュースを受け取ってストローを刺した。


 月見里志乃は誰がどう見てもギャルである。となると、その見た目からして様々な偏見を持たれる存在だが、それらの失礼極まる予想を裏切って文武両道を地で貫く才女だ。通っている高校が特別進学校という訳ではないが、成績は学年別でトップを独走し、運動部では競技に関係無くレギュラーと互角以上に渡り合える抜群の運動神経とセンスを備え、人数が足りているのに助っ人を頼まれるのは日常茶飯事ときている。


 これだけなら教師側も諸手を上げて喜ぶのだろうが、そうした評判を地に落とすが如く生活態度に難を抱える。無断の遅刻早退欠席は当たり前で、校則違反は数えるのも馬鹿らしいほど積み重ねている。しかし、そうした問題行動も学校生活に致命傷を及ぼさない範囲に収めている為、教師達も強く出られずにいるのだ。なによりズバ抜けて優秀な成績を収めている、というのが免罪符にもなっている。


 そんな志乃を、同級生達もどう接していいのか分からずにいる。一年生の頃は面白がってちょっかいをかけてくる輩も多かったが、軒並み無視を決め込んでいたら、二年に進級する頃には誰も近づく事すら無くなっていた。


 廊下を歩けば誰もが避けるし、教室で休み時間中の彼女の席の周囲には誰もいない。


 教師からは煙たがられ、同級生からは腫れ物扱い。


 それが月見里志乃。


 それが彼女にとっての日常。


 そう──少し、前までは。



「月見里、この式はどこから手をつければいい?」


 参考書を志乃に見せて、晴樹が該当の箇所を指差してくる。


「ん~……ああ、そこか。どこからだと思う?」

「分からないから聞いている」

「分からなくても自分なりの考えや答えはあるっしょ?」

「間違っているかもしれない」

「間違ってていいんだよ。別にテストやってる訳じゃないんだから」

「だが、君は善意で俺の勉強を見てくれている。メチャクチャな回答を出して、君を失望させたくはない」


 その馬鹿正直過ぎる言葉に、志乃は失笑する。


「ばか。失望なんかしないわよ。あんたの勉強の出来なさ加減はもう充分知ってる。今更1+1は3とか言っても驚かないっつーの」

「違うのか?」

「当たり前でしょ!? え、あんたまさかそこまで……!?」

「冗談だ」

「だったらもうちょっと冗談に聞こえるように言え!」

「月見里が、俺は冗談が通じないと言ったから。冗談というモノを理解している事を証明しておきたかった」


 つまるところ、志乃の身から出た錆という訳だ。


 それが理解できたからこそ、志乃は喉元を通り過ぎようとした文句を引っ込められた。彼は海外生活が長い帰国子女である。その常軌を逸した堅物ぶりも理解はしているつもりだ。


 けれど、慣れている訳でもない。虚を突かれたようで、ちょっと悔しかった。なので小言の一つも口にしておく。


「ちょっとドヤ顔っぽく言うな」

「……努力する」

「そっちの方向に努力しなくていい」


 お前のやるべき事は勉強だ。


「とにかく、あたしは自分で考える事を放棄するなって言いたいの。正解に拘らずに考え続ける事が重要。この意味分かる?」

「分かる」

「じゃあ理由言って?」

「君がいつも言っている事だ。知識として覚えるだけでは意味が無い。知恵として使えるようにしろと。その為には考え続ける事こそが重要なのだ」

「スラスラ言えるじゃないの……じゃなんで実践しないよ、もう」

「聞いた方が、月見里の声を沢山聞けるから」


 ああ、くそ。くそくそくそくそ……!


 なんで、なんでなんでなんで……!


 そんな恥ずかしい台詞を真顔で言えんのよぉ……!


 声にならない罵声だの悲鳴だのなんだのが舌の上まで来る。しかし、志乃は全力を賭して己の内側に押し返した。椅子を押し倒して立ち上がると、リノリウムの床をとにかく蹴飛ばす。じっとしていたら胃袋に叩きつけた破裂寸前の感情で何かがどうにかなりそうだったのだ。なんてガキ臭い癇癪だ。これぞまさに地団駄を踏むというヤツだ。


 顔の表面が火照る。顔の裏が火で炙られたように熱い。背中にはとんでもない量の汗が浮かんでいる。


 今、自分は徹頭徹尾照れている。恥ずかしがっている。羞恥心を嬲られている。


 その事に眩暈を覚えるような憤怒を覚えながら、志乃はたった一言でこちらの感情の導火線に火をつけてくる同級生の少年を睨みつけた。彼──晴樹は眉根を寄せて不思議そうに小首を傾げている。


 その一種無垢な表情と仕草が──。


(~~~~~~~~~~~~~~~!!!)


 まーぶっちゃけたまらん。身長百六十半ばくらいの志乃でも見上げなければならない体躯の晴樹が見せるには、その反応はあまりに子供っぽかった。だからこその容姿とのギャップが凄い。これが世に聞くギャップ萌えなのか? その手の話題には疎い志乃にはまるで分からなかったが、『尊い』という心境はなんとはなしに分かってしまった。


(いけない。いけないいけないいけない……! あたしが照れてどーすんのよ……! 冷静に、冷静になれ月見里志乃。新妻の外と中のギャップに悶えてどうする! つーか悶えるなアホか! あたしが新妻の勉強を見てる理由を思い出せ……!)


 ◇ ◇ ◇


 二年生になって間もない頃だ。その日、志乃は午後に登校した。その重役出勤ぶりに、しかし、教師は苦虫を噛んだ顔しかしなかった。同級生達は遠巻きに眺めるだけ。その表情には戸惑いか、はたまた迷惑か、そのどちらかが浮かんでいるだけだった。


 鬱陶しく思いつつ、午後の授業──物理の授業は担当の女教師が面白いので受けるようにしていた──の準備をしていると、ぬっ、と何かが横に立ったのだ。


 低く腹に響く声音。何の感情も浮かばない仏頂面。ざんばらカットの髪。百八十強のデカい身体。


『月見里さん。勉強を教えて欲しい』


 それが、新妻晴樹とのファースト・コンタクトである。


 一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。なにせ、誰かに声をかけられた事自体が久しぶりだったのだ。


 そうやって志乃が絶句していると、晴樹は眉尻を下げた。どうやら困っている様子だった。


『もしかして、月見里志乃さんじゃない?』

『い……いや……月見里志乃で、合ってる。あんたは、えっと』

『新妻晴樹。月見里さんの前の席に座ってる』


 え、マジで。こんなデカいヤツいた? 志乃は自分がどれだけ周りに興味が無かったのかを理解しつつ、新妻晴樹の言葉を反芻する。


 ──勉強を教えて欲しい。


『どうして、あたし……なの?』

『学年別成績トップだから』

『……それだけ?』

『それだけ』

『……あたしの事知ってるっしょ?』

『学年別成績トップ』

『い、いや、そうじゃない』


 訳が分からない。日本語で話しているのに意思疎通が上手くできていないもどかしさで頭が回らなくなる。


 勉強を教わりたいのなら、他にもっと適任者がいるはずだ。成績だけを見れば自分でもいいかもしれないが、成績が良い事と教える事が上手い事は別だ。諸々の噂から月見里志乃がどういう人間か想像はつくだろうし、なら他人に勉強を教えられる技能が著しく欠けている事だって推察できるはず。


 それなのに、一体どうして?


『……あたしと関わると面倒よ?』


 凄む訳でも脅す訳でもからかう訳でもなく、困惑しながら聞く。


『何がどう面倒なのか分からない』


 彼は眉一つ動かさずに即答した。


『……あんたも腫れ物扱いというか。そういう変な眼で見られる』

『ハレモノアツカイ、というのは意味が分からないが安心しろ。俺に友達はいない』

『なんで胸張ってちょっとドヤ顔で言うのよ!?』

『君の懸念を払拭できるから』


 それから授業がはじまるまで、志乃は晴樹と漫才のようなやりとりを続けて。それが何日も続いて。


 晴樹が帰国子女で他人とのコミュニケーションに難がある事を知って。彼には頼れる友達もいない事を知って。


 野良猫に懐かれた気持ちをストンと理解した末に、志乃は晴樹の勉強を見てやる事にした。


 でも、ただ勉強を教えるだけでは面白味が無い。そもそも志乃には何のメリットも無いのだ。


 だから志乃は内心で決めたのだ。


 新妻晴樹の微動だにしない顔を赤面させて、恥ずかしがらせ、照れさせる事を──!


 ◇ ◇ ◇


(さぁ覚悟しなさい新妻晴樹……勉強一回見てあげる毎に最低一回は赤面させてやるんだから……!)


 紙パックのジュースを啜りながら、横眼で晴樹の様子を窺う。今日の放課後自習の科目は数学だ。式を解くべく頭をフル回転させているが、なかなか答えを導けないらしい。しかしさっきのように志乃に頼ろうとしない。志乃の教えである『自分で考える』を健気に遵守しているようだ。


(ふふ。こういう真面目なところはかわい──は!?)


 熱くなっていた頬に紙パックのジュースを押し当てて瞬間冷却。だからこっちが照れて顔を赤めてどうするのか! というかこの堅物相手に可愛いなんて感じるとかマジか!? 


 冷静になった志乃は、晴樹が参考書に夢中になっている事を確かめると、彼が口にしたジュースに右手を伸ばした。


(こっち見んなよ~……?)


 飲みかけのジュースを、新しいジュースに置き換える。


 そう──志乃はジュースを三本買ってきたのだ。ちなみに自分の分は飲み干して机の引き出しの中に放り込んである。取り上げた晴樹の飲みかけのジュースはネタ晴らしをしたら返すつもりだ。


(よしよしよし)


 頭を抱えていた晴樹は、やがて溜息をついて唸る。そうして志乃が置き換えた新しいジュースを手に取って口に運び──違和感に気づいたように眼を見開いた。


「む……これは」


 よしきた!


「あ~それあたしの~!」


 これ見よがしに晴樹が持った三本目のジュースを指差して、志乃が高らかに驚愕の声を上げる。無論芝居である。我ながら噴出してしまいそうなほどの大根役者ぶりだった。


 これぞ定番の赤面シチュエーション──間接キスだ。


(さぁどうよ。このベッタベタ過ぎる状況! いくら新妻でもガツンと来るっしょ! さぁ照れろ! 赤面しろ!)


 晴樹は掴んだジュースと志乃の顔をゆっくりと見比べる。そして!


「すまない」


 平然とジュースを突き返してきた。


「はへぇ!?」

「一口しか飲んでいない」

「い、いや! え、えぇ!? ちょ……あ、あたしと、い、今! か、かかか、間接キス、したの、よっ……!?」

「……あぁ、そうか。すまない。日本だと習慣的に気にするのか。俺が育った国では同性も異性も、大して気にしていなかったから」


 帰国子女故の文化的違い──!!!


(うああああああああああああああちょっと考えれば分かるでしょこんなのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!)


「……そうか……日本では君のような反応が普通だな……」


 晴樹が肩を落とす。それはそれはもう本当に申し訳なさそうに悲しそうに。


 その顔は志乃が待ち望んだものではなかった。確かにその仏頂面を突き崩したいと思ったが、こんな悲しそうな顔をさせたかった訳ではないし、そこまで性格も悪くないつもりだ。


「本当に……すまない……」


 志乃は胸の奥にきゅんとした疼痛を覚える。それはこれまでの人生で彼女が感じた事の無い類の甘い痛みだった。


「べっ……! べべべべべべべべつ、にぃ!? 別にい、嫌じゃない、わよ!? そ、そ~んなのぉ!? き、気にする歳でもないしぃ!?」

「だが、さっきの君の反応は」

「あ、あんたが無反応過ぎておどおどおど驚いただけよっ!? ぜ、全然! 全然全然ぜ~んぜっん気にしてないからそれ全部あげる飲んじゃって!!!」

「しかし、それでは君の分が──」

「き、気にしなくていい!」


 力強く力説して、志乃は右手に持っていた紙パックのジュースのストローを咥え込み、力いっぱい中身を吸い込む。ずずずずずずず~~~~───?


「…………」

「……それが俺のジュースだったのでは?」

「……ちがう。これ、さんぼんめ。あんたのは、しらない」

「そんな事は……いや、頭のいい君が言うのだからそうなのだ。ではこれは頂こう」

「…………」

「うん、美味い」

「…………」

「……月見里?」

「……なんでも、ない」


 震えて消え入りそうな声を必死に絞り出す。顔が熱かった。真夏の太陽の直射日光の直撃を受けたかのような熱さだった。


 せっかく三本のジュースを用意してまで罠を仕組んだのに……! まさか、まさかこんな……! こんな掘り抜くような墓穴を掘ってしまうなんて……!!!


「む。式の解き方を閃いたぞ……! ここがこうで……こうか!? どうだ、月見里!」

「…………」

「……月見里?」

「……せいかい」


 あぁ~くそ! 明日はこうはいかないから! 絶対に照れさせて恥ずかしがらせてやるんだからぁ!!!


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