第12話 王都へ

皆が準備してくれたお陰で、滞りなく顔見せという名の晩餐会は終わり、俺たちは王都へ向かうことになる。


護衛隊の隊長は、リリー嬢の夫となったカイルだ。

どうやら新婚休暇を返上し、我々と王都に向かう事となったようだ。


せっかく王都へ戻るのなら、セラと一緒が良いとリリー嬢も快諾し、共に馬車の旅を楽しむことになった。


兄上夫妻は一旦、王都に戻るらしく、我々と同行。

ジャスとローサ、アーサーを辺境の地に残しての出発となった。

一時、ジャスの代わりをシリウスが引き受けるらしく、何やら入念に打ち合わせをしているようだった。


シリウスは公然とセラの近くにいれることを喜んでおり、嬉々として休暇の申請を上司でもあるサウスナ候に出したらしい。


王都へ戻れば、忙しくなる事は目に見えてわかっていて、2週間かけてゆっくりとした日程で、王都へ戻ってきた。


兄上夫妻は、西の離宮は使えないからと、東の離宮に我々を泊まらすつもりらしい。

レミアムやフルール、シリウス、チェスは、それぞれの屋敷からではなく、共に東の離宮で寝起きすることになった。


セラは本格的な王子妃教育が始まり、元々勉強が好きなのだろう、嬉しそうに学んでいる。

とはいえ、サウスナ候の教育のお陰なのか、教師陣達はあまり教えることがないと、ぼやいていたが――。


(その顔、学園の時によく見たな)


学園の時は、遠目にしか見てなかったが、セラが図書館に通う姿はよく見かけていた。

レミアムには内緒だったが……。


王都に着いて3日後。

兄上に呼び出されて、サロンに行くと、

「セラちゃんとミラは残ってて。ちょっとユーリスを借りて行くよ」


気軽に声をかけられ、馬車へ乗り込んだ。


「どこへ行くんだ?」

「――ルカンのところだ」


俺はいよいよ、その時が来たかと思う。


「兄上は、従兄弟をどうするつもりだ?」

「どうするもこうするも……罪は償ってもらう」


その顔は何かを覚悟したかのようで。

俺は声をかけられなかった。


ほどなくして、馬車はグッティス公爵家の前で停まった。


(まさか、ここにいるとは……)


人気のない屋敷は、薄暗くなったこの時間では、静かすぎて少し不気味だ。


チェスが明かりを持って先導し、屋敷の中に入っていく。


広い玄関ホールには、灯りがついていなかった。

だが、人の気配がした。


玄関ホールに1人の男性が立っていた。

「両殿下……」

最高級の礼をする人。

それは、グッテイス元公爵だった。


威厳に満ちていて、冷めた目で俺をいつも見ていたこの人は、子供の頃はとても恐ろしい存在だったはずだ。

だけど今や高位貴族たる威厳はあるものの、どこか萎れたようなそんな印象がある。


(権力の座から降りれば、こんな人だったか?)


そして、その隣には1人の男性がいた。


「クリス兄貴……」

ヌーが姿を現し、俺を庇うように短剣を持ち前へ出た。


漆黒の髪と瞳の男性は、顔に大きな傷がある。

彼はヌーを前に、両手を上げた。


「――何もする気はないよ、ヌー」

「信用、出来ない」


ヌーの言葉に、クリスは大きなため息をついた。


「――この血に誓って何もしない」

その言葉にヌーはいまだにクリスを睨んでいるが、少しだけ肩の力を抜いたようだ。


「息子の……ルカンの殺すおつもりですか」

元公爵は絞り出すような声を出すと、視線を下げた。


「……」

俺は答えない。

ルカンが全ての元凶とは思っていない。


「――あなたが我が一族を恨むのは、当たり前のことでしょう。だけど全ての罪は私にある。殺すなら私を」

そう言い、元公爵は俺の前に膝まずいた。


俺は冷めた目で、その光景見つめる。


この人のせいで、俺がどれだけ苦しめられたか。

どんな思いで、生きてきたか。

母がどれだけ苦しめられたか。

王妃と共に、俺の母が壊れるまで追い詰めたのは、この人だ。


(だけど、俺は繰り返すつもりない)


負の連鎖は続くものだ。

そういったものを断ち切る為、俺はお祖父様に預けられるのは丁度良かったはずた。


(一時の感情で公爵を殺すわけにはいかない)


そんな事で楽になるわけはない。

生きていく方が、数倍も辛いはずだ。


「――元公爵。貴殿の罪は重い。生きてルカンを育て直せ」

俺の言葉に、息を呑み元公爵は顔を上げた。

その表情は、皺だらけになった瞼を大きく見開き、驚いているように見える。


「私の罪を赦すというのか」

「赦すも赦さないも、今後の働き次第だ。遠く離れた地にいても、俺はお前を見ているぞ」


また叛逆ともとれる動きをした場合は、それ相応の処罰を下すつもりでいる。

この公爵家は、いまや裸の王様同然だ。

手足となり動く者も、身を粉にして働こうとする意気込みを持った者など、いなくなったのだから。


今後の信頼を沢山の人たちから勝ち取るのは、彼ら自身だ。


「降爵は免れないだろう。だが伯爵程度にと、父上に進言しよう」

「僕からもそう頼むよ、叔父上」

「ハリス殿下……」


隣に立つ兄上は、いつもより毅然とした態度をしている。

だが、俺の判断に満足げにしていた。


「ルカンはいい才を持っている。上司として見ていたから分かるよ。だけど、周りを思いやらない態度が、敵を作ってしまっていた。だから叔父上。貴方の責任をもって、ルカンを育て上げて下さい。但し、罪は償ってもらいますが」


「――本当にそれでよろしいのですか?」

「俺たちに二言はない」

兄上と目線を合わせ、頷きあう。


元公爵は再び頭を下げた。


「――分かりました。しかとその命、この命尽きるまで勤めましょう」

肩が揺れて見えるのは、泣いているのかもしれない。


(こんなに小さい人、だったのだな)


ヌーの兄クリスは、俺たちのやりとりに安堵のため息をつき、彼も頭を下げていた。


「ルカン様は、ヌー達弟妹との戦い敗れ、一族の長ではなくなりズタボロになった俺を拾い上げてくれた人です。貴方たちが殺しにきたのなら、全力で止める覚悟でした」


ぼそぼそと呟く姿に、ヌーは持っていた短剣を納めた。


「――それならこれからも全力で支えてやれ。勿論、しでかした事への償いはしてもらうが」


「――クリス兄、そういうことだから」

ヌーは俺の言葉の後にそう言うと、クリスを立たせた。


兄上が護衛の騎士達に、クリスの捕縛を命じると彼は大人しく従った。

2階にいるルカンも同様に、騎士達が連れ出したようだ。


「叔父上、少し王宮までお付き合い頂けますか。ユーリスも」

「この後はどこへ?」

「西の離宮だ、ユーリス」


兄上に似つかわしくない厳しい顔つきに、俺は嫌な予感がした。

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