第11話 温かい胸

私はレミアムの告白から逃れるように、自らの部屋に急いだ。


(こんな顔、誰にも――ましてはフルール様には絶対に見せられない)


ホールで親睦会の準備をしている最中に、レミアムに連れ出されたのは見られてる。

こんな顔して現れたら、何かあったと皆に思われる。


私室の前には、人影があった。


「ユーリ、様」

私は彼の姿を見た途端、溢れ出した涙を拭う事なく、その胸に飛び込んだ。


「セラ、レミアムと話出来たか?」


(そうか。レミアムはユーリ様の許可は得たって言ってたから……)


私の事を待っていてくれたのだと思うと、さらに涙が溢れてきた。


こくりと頷くと、彼は持っていたハンカチを私の目に当てた。


(冷たくて気持ちいい……)


きっと泣いて帰ってくるだろうと思われていたのだと思う。

だから冷たいハンカチを用意までして……。


ユーリ様の温かさに、私は至極嬉しくなった。


(この人は優しい……どんな私でも受け入れてくれる)


その懐の深さに、温かさに。

胸が熱くなった。


「――セラ、中に入ろう」

私の手を引いて、ユーリ様は私の私室に一緒に入った。

そのまま私をソファに座らせ、ユーリ様は隣に座った。


「――ユーリ様は、レミアムの話、知っていたのですね」

「公的な場所でなければ、様も敬語もいらないよ、セラ」


そう言うと、片手で私の頬に手を当てた。


(手がこんなに……)


ひんやりして心地良い。

だけど、彼自身がハンカチを冷やしたのだと思うと、切なくなる。


「うん。サティスの宮殿で聞いた」

それだけ言うと、私をぎゅっと抱きしめた。


「――本当はレミアムを助けてやる事もできたんだ。もっと早くに。留学してた時も様子がおかしかったから、探らせてた――だけどそうしなかったのは、俺自身だ。君を手に入れるチャンスだと思った事も嘘じゃない」

「ユーリ……」


「学園で再会した時、綺麗になっていて――才女としてその名を轟かせていたからね、セラは。すぐに分かったよ。レミアムが俺たちを会わせないようにしてたのも納得できる」


ユーリ様は少し身体を離し、私の目をまっすぐ見つめた。

彼の金色の目が、切なげに揺れている。


「悪いのは俺だ。今、君を泣かせてるのも。だから――」

「わ、私は!」

ユーリの言葉を遮るように、私は声を出した。


「――始まりは誤解だろうが何だろうが、あなたの手を取った時から、もう後戻り出来ないのは知っていたんです。幼い時に会った事は覚えてないけど――それでも、ユーリを好きになったんです」


ここまではっきりと、自分の気持ちを打ち明けた事はあっただろうか。


(きっとなかったわ……でもはっきり言わないと)


ユーリに誤解されるのだけは嫌だから。


驚いた目をして、ユーリは私を見つめていたけど、少し顔を赤くして柔らかな蕩けるような笑みを浮かべた。


「――セラ。俺も愛してる。幼い頃から君しか見えてないくらいに」


そう言うと、私の額に温かいものが触れた。


「本当は、ここにしたいけど。そうなると止まる自信がないから」

そう言いながら、私の唇を彼はなぞった。


(い、色気が半端ない!)


美形の男の人の色気は、破壊力抜群で。

私の顔はきっと真っ赤になっていただろう。


「――セラは少し休んだら良い。もう会場の準備は皆に任せたら良いよ。きっとミー達に磨き上げられるだろうから」


ユーリはそう言うと、名残り惜しそうに私から身体を離した。


「はい、ユーリ」

私がぎこちなく笑うと、彼の手が頭にポンと触れた。


「おやすみ、セラ」

そう言うと、ユーリは部屋から出て行った。


(ユーリの優しさに、救われた)


私は重たくなった瞼を閉じる。

彼の置いていった、ひんやりとしたハンカチを目にあてて。


優しすぎるユーリに、私の心は満たされていった――。


******


俺がセラの部屋から廊下に出ると、兄上が立っていた。

そのまま自らに用意された部屋に通されると、バルコニーを指さす。


ガゼボに座る2人は、レミアムとシリウスだ。

泣きじゃくるレミアムの背中を、シリウスは優しく撫でている。

「シリウスは、良いやつだよな」

「ええ、本当に」

「是非、俺の元へ――」

「渡しませんよ」


俺が言い切ると、兄上は驚いた顔をしたあと、にこやかに笑った。


「ふふ、ユーリスも言うようになったね」

「それにシリウスはセラのそばを離れませんよ」


シスコンで有名なシリウスが、王都にセラがいる事がわかっていて、この辺境に地に留まるとは思えない。


帝国からの帰りの馬車。

シリウスは、俺に直談判してきた。


『敢えて呼び捨てで呼ぶけど、ユーリス。レミアムに踏ん切りをつけさせてくれ。俺にとっては、お前たちは大事な弟だからな』


嬉しさと同時に、人の事をよく見ていると思った。

俺がそんな言葉に弱いのを、シリウスが分かっていたと思う。


(お祖父様が気に入ったのが、よく分かる)


敢えて俺の手元に置かなかった理由も。


(シリウスはどんな形で会おうが、必ず味方になってくれる気がする)


根拠はないが、そんな気がした。

そしてサウスナ候の自由なところが、シリウスはそっくりだなとおもう。

掴みどころがない、感じ。

敵であれば、何を考えているかよくわからない奴は厄介だが、味方なら心強い。


(シリウスを敵に回す事だけはやめておこう……)


「それもそうだな」

そう言うと兄上は、大きく背伸びをした。


「久しぶりに手合わせどうだ、ユーリス」

「――良いですけど、手加減しませんよ?」

「ふん、当たり前だ」


こうやって兄上と話す事ができるようになるなんて。

沈んでいる俺の心を気遣ってくれていることが、何より嬉しく感じるのだった。

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