第10話 レミアムの涙
チルディアさんが、僕を呼びに来て、行った先にはユーリスとハリス殿下がいた。
2人は向かい合い、お茶を飲んでいる。
今まででは考えられなかった光景。
(恐らくユーリスもハリス殿下も初めての事では?)
何でここに呼ばれたかわからぬまま、そんな事を考えていた。
「――レミアム。セラとしっかり話て来い」
「えっ、ユーリス?」
意外だった。
セラに対して独占欲の塊のような行動をとっているユーリスが、セラと話することを許すなんて……。
「レミアムが、俺とセラや皆を大事に想ってくれてると同じように、俺もお前やセラが大事だ――俺の元にくる以上、いつまでも同じようには出来ない」
此処での事を言っているとしたら。
(心の声がダダ漏れだったんだな……)
顔を合わせなければ、ふと思い出す事がなければ。
俺の心に棲み続けるセラを、認識することはない。
(だけどこれからは――)
何があっても、この感情を表に出すことは許されない。
そんな事をすれば、セラだけでなく、ユーリスや皆まで巻き込む可能性がある。
王宮では、気を抜く事は許されないのだから。
「忘れなくて良いんだよ、レミアム。思い出に変えるだけで良いんだ」
ハリス殿下は相変わらず優しい笑みを浮かべていて。
(僕の事も考えてくれている……)
これだけの人達に大切に思ってもらえて。
泣きそうな気持ちになった。
「わかりました、ありがとう。ユーリス」
そう答えてから一礼すると、僕は踵を返しホールへ戻る。
「セラ、ちょっといい?」
「えっ?」
「ユーリスの許可をとってるから」
そう言ってセラの手を握って、ホールから駆け出すと、周囲が騒ついたのが分かる。
だけどそれでも歩みを止める気はない。
中庭に連れ出して、カゼボへエスコートして座らせる。
「レミアム一体――」
「セラ、僕は今から嘘偽ることなく、君に忠誠を誓うから。僕の事を振って?」
「へっ?」
僕の言葉に、セラの目は大きく見開かれている。
そりゃそうだろう。
いきなり振ってとお願いしてるのだから。
「……どうして?私の事、好きじゃなかったんでしょ?だからソニア様と……」
「そもそも、僕はソニア嬢のことは好意なんて抱いてない。大前提が違うんだよ?セラ」
「大前提……?」
「そう、僕が好きなのは昔も今も、セラフィーナ、君だけだよ」
「嘘……」
セラの目の端に涙が浮かんでいて、思わず抱きしめたくて手を伸ばす。
だけど――。
(もうセラに触れてもいい男は、僕じゃない)
彼女に触れずに、ゆっくりと手を引いた。
1つ溜息をついてから、僕は口を開く。
「嘘じゃない。ソニア嬢は、僕に打算があって近づいてきた。僕もそれを利用しただけ」
「――どういう事?」
「……君を諦める為」
僕の言葉に、益々意味がわからないといった表情を浮かべるセラ。
そりゃそうだろう。
(せめてユーリスが嫌な男だったら、譲ったりしなかった)
「――ユーリスの初恋は君だよ、セラ。そして僕はそれを知っていて、ユーリスを近づけなかった」
僕の言葉に、セラは翡翠色の瞳を大きく見開いた。
「――でもさ、ずっと学園でも、ユーリスは君以外見えてなかった。側にいて分かるくらいに」
(狂おしいほど恋しくなる――あの頃の僕には分からなかったけど、今の僕はそれを知っている……)
あの頃のユーリスと立場が逆になった今、嫌でも彼の苦しみが分かってしまった。
「ユーリスもとても大事な友人だから、悩んで、悩んで――近づいてきたソニア嬢を利用することにした。その為に、セラを傷つけた事、謝るよ。やり方がよくなかったとも思ってる」
そう言って僕が頭を下げると、セラはかぶりを振った。
「どれだけ僕が邪魔しても、君達は出会って惹かれ合って――でもいざ離れるとなると、やっぱり苦しくてさ。婚約解消の時、もっとすんなり手放してあげたらよかったんだけど……ユーリスは最後の手段である王命を使った。簡単には覆せないほど強力な力を」
僕が引いた事を、見逃すユーリスじゃなかった。
一気に囲い込み、逃げられない包囲網を作ってしまった。
「――レミアム……」
セラの頬に、一筋の涙が流れた。
そんな顔を見ていると、胸が張り裂けそうになる。
「わ、私は、レミアムとの恋は穏やかで全てを包んでくれるほど優しくて。とっても好きだったの。居心地も良かった。ぽかぽかしてる陽だまりのようで。でも――」
セラはそう言うと、まっすぐ僕を見た。
「ユーリとの恋は全然違うの。胸が熱くなる。ごめんなさい、もう昔のようには戻れない。ユーリを愛してるから」
彼女の言葉は、僕の心を鋭利な刃物で傷つける。
だけど、これで良いのだ。
そうしなければ、僕は前へ進めない。
僕の頬に、温かいものが流れた。
(泣いて……しまったな。泣くつもりなんてなかったのに)
流れ出るそれは、とめどなく溢れてきて。
セラの困惑が伝わってくる。
「ありがとう、セラ。ちゃんと振ってくれて」
これで諦めれる。
きっと笑顔を作ろうと必死な顔は、とても見えたとのではなかっただろう。
だけど、セラは微笑んでくれた。
昔と変わらない笑顔で。
「――もうしばらくここにいるよ。先に戻って」
僕がそう言うと、セラは立ち上がり去って行った。
その後ろ姿を、そっと見つめる。
(さよなら、セラ)
心の中で呟く。
僕の大好きだった人。
きっとユーリスなら彼女に幸せにするだろう。
僕の事を忘れるくらいに。
涙が溢れて、胸が締め付けられたとしても。
これで良かったのだと思う。
(だってユーリスの隣で笑い合う2人は、とても幸せそうだから)
ポンと肩が叩かれ、ハンカチを差し出された。
「シリウス兄さん……」
「頑張ったな、レミアム」
その言葉にまた涙が溢れてきて。
でも涙を流すたびに、晴れやかな気持ちへと変わっていく気がした。
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