第9話 燻り続ける想い

「ユーリス」

兄上の呼ぶ声に、俺は振り向く。


今は辺境伯のホールで、これから開かれる親睦会の準備の真っ最中だ。

率先して準備を手伝うセラを見て、俺も少しは……とやってきたものの手持ち無沙汰だった。


「――お前もやってるのか」

「ああ」


兄上の視線の先には、ミラ様。

どうやら兄上も俺と同じ理由で、やってきたようだ。

セラの指示に、ミラ様は侍女達共々テーブルに飾る花を準備しているようだった。


表向きは親睦会。

この街で親しくなった貴族、商人、そして避難民の代表と交流する目的だ。

だが本来は俺たちの歓送迎会。

俺達に代わって、兄上がしばらく代理をするというのが建前だ。

兄上の事はまだ公表できない。

するのは、父上の引退の時だ。


「男は出番ないな……」

兄上はぼそっと呟き、苦笑いを浮かべている。


俺も兄上も、こういったところの準備なんて慣れてない。

王族である俺たちは、その手の事に疎い。

故に、他の面子よりも足手纏いである事は明白だ。


「俺たちがいたら気を使わせるだろう――外へ出ようユーリス」

「ああ……」


兄上の言葉に従って、裏庭に出た。

東家で腰掛け、チルディアの淹れたお茶を飲む。


「――ユーリス、レミアムの事だが……」

兄上はそういう時、カップを置いた。


「――分かってる」

兄上だけではなく、シリウスやジャスからも言われてる事だ。


セラの隣でぎこちなく笑うレミアム。

先程も、彼女の指示で右往左往していたが――。


(目がまだセラの事を好きだと言ってる――)


分かっていた事だ。

サティスの宮殿での、アイツの言葉。

まだ完全に整理できていない想いで、苦しんでもがいている――。


「――1度ちゃんと話させた方がいい。そうじゃないと、レミアムが潰れるぞ」

「――ああ」


俺の側に戻るということ。

それはセラと顔を突き合わせるという事だ。


燻り続ける想いを消化しきれていないアイツは、さらに自分を追い込んでいる。

それを何とか昇華しきらなければ、アイツは――。


「フルールの事もあるしな」


そんなレミアムを痛ましそうに見ている、フルール。

婚約の話をした時から、覚悟していたのだろう。


(フルールは強いな……)


俺よりも数倍。

レミアムを想い、包み込むような優しさで、彼の側にいる。


「何を恐れている?ユーリス。セラちゃんはお前を裏切るような子ではないだろう?」

「そんな事、分かってる」


セラを信じてないわけでもない。

俺への想いも。

だけど――。


(――あんな風に笑わせれない)


サティスの街の邂逅。

レミアムは、沈んだセラを一瞬のうちに笑顔にさせた。

一緒に過ごした年月の差を見せつけられた。


(彼女にとって、俺といることが本当に幸せだろうか)


これから苦労をさせる未来しかないのに――。


王妃として、彼女は立派にやり抜くだろう。

だが裏で人一倍努力し、その姿を見せる事は決してない。


(ああ、これは言い訳だ……)


本当は自信がないのだ。

レミアムもセラも、決して俺を裏切らないだろう。

表面上は。


だが心は縛れない。

レミアムが想うように、セラも想っていたら?


(俺はそこまで好かれているわけじゃない)


好きか嫌いか、そう質問されれば、恐らく好きと答えてくれるだろう。

だが俺が想うように、セラは想ってくれているだろうか。


(否、だな……)


自分の想いが重い事なんて分かってる。

同じように想って欲しいなんて、我儘だとも。


「――意外だな。お前でもそんな顔をするのだな」


兄上の言葉にはっとして顔を上げると、優しく微笑む兄上の目と合った。


「――どんな顔だ?」

「嫉妬して、苦しんでいる顔。相当惚れ込んでいるのだな」

「――悪いか?」

「いや、安心したよ。出来の良い弟の人間らしさを見れて」


それは本当に優しい兄上の顔で。

何だか幼い頃を思い出した。


「――王宮では人の目がある。レミアムにあんな顔されて、あらぬ噂で窮地に立たされるのはセラちゃんだ。お前がちゃんと守ってやれ」


兄上の言葉は至極、的を射ていて。


「そう、だな」

俺はそう返答するしかなかった――。


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