第7話 気軽にやってきた第一王子夫妻

「やあ、セラちゃん!」

「うふふ、お久しぶりね!」


突然辺境の地にやってきた、第1王子夫妻に屋敷は上よ下への大騒ぎとなった。


「あれ?チルディア。先触れの手紙出したよね?」

「えっ。殿下が出させるとばかり」

「あはは、驚かせてごめんねえ」


あまりに軽い口調で、こちらが眩暈する思いだ。


「ハリス殿下。ユーリス殿下は……」

「ああ、知ってる。でも、もうじき戻るでしょ」

ジャスの言葉に、ハリス殿下は軽く答えるとにっこり微笑んだ。


(確かにもうじき戻ると聞いているけど――)


あまりの突然の訪問に、こちらの動揺は隠せない。


アルファード皇太子の勝利で終わった戦いは、すでにアルファード様が皇帝に即位した事で終息し、ユーリ様は帰路の途中だという。


「まあ、ハリス殿下。いつも突然ですわね」

「おや、フルールもいたのかあ」


どうやらこうやって突然訪れることは、よくある事らしい。

フルールの言葉を冷静に受け取めると、クレアやミーに急ぎで部屋と食事の準備を命じる。


「――難民の受け入れをしているんだって?」

「はい、ハリス殿下」


(この事で来たのかしら)


帝国から戦火を逃れようと、こちらの国へやってきた者は多い。

だがアルファード皇帝が即位した事により、どうするか難民達は考えている最中だろう。


「一緒に見に行っても?」

「勿論、構いませんわ」


夫妻はそう言って、私と共に湖の古城までついてきた。


「――結構な数、いるんだね」

「はい。でもアルファード皇帝が即位しましたから、今後どうしていくか、それぞれで話をしているところでしょう」


避難する為の人、土地を捨てた人、様々に入り混じっているが、ローサの動きもあり、こちら側が把握出来ない事はなかった。


「――こちらに住みたいと申し出ている家族には、空いてる家屋から入居してもらっています。ジュリアス様やローサ様などと協力して、個々に話を聞いていて、不審者はできるだけ避けているところです」

「――なるほどね。僕たちも手伝ってもいいかな?」

「勿論、構いませんが……」


ハリス殿下の従者であるチルディア様を見ると、溜息をついているように見える。


(これは諦めているという事かしら)


王宮でも忙しいだろうに、わざわざこちらに仕事をしに来られたのだろうか。


気づけば、ジャス様から書類を受け取り、率先して夫妻は動いていた。

その姿にやや違和感を感じる。


(どういうことなのだろう?)


「セラフィーナ様、ハリス殿下達の好きにさせてやって下さい。ユーリス殿下が戻られたら事情をお話しますので」

チルディア様はそう言うと、夫妻を守るように後方に立っている。


(何が事情があって、こちらに来られたということ?)


謎は深まっていったが、ユーリ様の帰りを待つ以外はなさそうだ。


私は溜息をつきながら、夫妻の後ろ姿を眺めていた。



夫妻は、私と同行し、砦やラミア商会、執務室での書類仕事など、まるで辺境伯の仕事を確認していくようについてくる。

何らかの意図を感じるが、私は説明しながら進めていく。


こんな感じで3日後。

やっとユーリ様達が戻ってきた。


「ユーリ様!」

「セラ!」

ユーリ様の胸に思わず飛び込む。


(この匂い、間違いなくユーリ様だわ)


無事に戻ってきた安堵の気持ちと、緊張していた数日間と。

だけど、彼が戻ってきたことによってほっとした。


こほんと咳払いが聞こえ、ハリス殿下夫妻とチルディア様もいた。


「えっ!?兄上?」

慌てた様子で私の身体を離すと、ハリス殿下夫妻の姿を見てユーリ様は驚きつつ、眉を顰めた。


「聞いていたとおり、2人は仲が良いね」

ハリス殿下はにっこりと笑いながら、私達に近づいてくる。


「いつからこちらに?」

「3日ほど前だよ。色々見学させてもらっていた」

「そう、ですか」

手を繋ぎ直され、夫妻に向き合うような形になる。


「――何かお話があってこちらに?」

「――ユーリスは察しが良いね。落ち着いたら時間いいかい?」


ぐっとユーリ様の手に力が篭る。


(何か緊張されてる……)


私もついにこの時が来たかと、思った。


「――セラ、大丈夫だ」

私の耳元でそう囁くと、執務室へ入る。


ユーリ様達は湯殿に軽く入られ、ジャスとローサ、フルールと共に戻ってきた人達が落ち着くまで、待っていた。


「――兄上の様子は?」

「こちらの仕事を一通り視察しにきた風でしょうか。特に悪意は感じませんでしたが……多岐に渡っていて、少々見るところが細かすぎるといったところでしょうか」

ジャスがそう言うと、ユーリ様はこめかみに手をやった。


「一体、何を考えてる……」

いきなりやってきて、辺境伯の仕事を観察されていたとは思うが、チルディア様の言葉どおりであれば、何か事情がありそうだ。


「……チルディア様から、ユーリ様が戻られたら事情をお話すると」

「兄上の側近か」


「まあ、なんでハリス殿下がいきなり来たかなんて、本人に聞いてみないと分からないのでは?」

お兄様の言葉に、ユーリ様は顔を上げた。


「――レミアム、何か聞いていたか」

「いや。僕もびっくりしたし。国王からも何も」

「――やはり埒が開かないか」


そう言うとユーリ様は決意したように、立ち上がった。


「ひとまず聞いてこよう。対策はその後だ」

私の手を取り、ユーリ様は部屋を出た。


2人で廊下を歩く。

久しぶりに隣に誰かいるというのは、懐かしく、同時に嬉しかった。


「セラ、難民の受け入れも、辺境伯の代理も、よく勤めてくれた。礼を言う」

「ユーリ様こそ、お疲れ様でした」

そう微笑むと、ふわりと抱きしめられた。


「――嫌な予感がするんだ」

「えっ」

「何を言われても、絶対に離さないから」


力強く言われ、甘い雰囲気が流れる。

熱っぽく見つめられ、軽く唇が軽く合わさる。

すぐに離され、ユーリ様は真摯な顔つきに変わった。

一連の流れで私は顔を真っ赤にしていたけど、ユーリ様の顔を見て冷静さを取り戻した。


(切り替えの速さは見習わなければならないわ……)


「さあ、行こう」

手を握り直され、私達はハリス夫妻のいる部屋へと向かった――。

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