第5話 待つ身

出発の朝。

昨夜の事を思い出すと恥ずかしい気持ちになる。

馬車までユーリ様と寄り添って、離れていく。


暖かなゆくもりがなくなって、途端に寂しい気持ちと不安な気持ちに押しつぶされそうになるけど。


だけど――。


(しっかり笑顔で送り出さなきゃ)


努めて明るい表情を見せされたと思う。

不安な顔は、したくない。


ふと思い出して欲しいのは、明るい表情だ。


「皆さん、ご無事なお帰りをお待ちしております」

そう言って、残る人達と頭を下げて見送った。


(泣いたら駄目)


姿が見えなくなるまで、その場にいて。

クレアに声をかけられ屋敷に戻ると、フルール様がお茶を用意してくれていた。


「私、自ら入れたのよ!」

ローサ様と2人席に着くと、フルール様の元気な声に明るい気持ちになった。

フルール様は、剣帯する為に乗馬服に近い出立である。


「わたくしが、しっかりお守りしますわ!」

「ふふ、ありがとうございます、フルール様」


(ユーリ様達が帰ってくる間、私に出来ることをしていけばいい――)


恐らく、この戦いが終われば色んな意味で変わっていくだろう。

帝国の支援が出来れば――。

戦火に巻き込まれてしまった一般市民の皆さんを後押ししていきたい――。


「――そういえば昨夜は――ふふ」

フルール様は、にやりと笑って私を見つめている。


「もう、フルール様。セラフィーナ様が真っ赤になってしまいましたわ」


ローサ様がフォローを入れてくれて、私は真っ赤になってしまった頬を両手で押さえた。


「仲が良くて、羨ましいわあ」

「レミアム様も此方にいらっしゃったでしょう?」

ローサ様の問いに、一瞬だけフルール様は暗い顔をした。


「私達のことはいいのよ!」

「――フルール様」


ここにいる間だけでも。

2人の事に立ち入るつもりはないけど。

話を聞くことはできる。


私の言葉にフルール様は溜息をついて、私達を見つめた。


「――レミアムは、優しい。誰にでも優しいと思うの。今、無理しているのも分かってて、待つつもりだったの。でも――」

「フルール様」

ローサ様は、フルール様の背中をそっと撫でる。


「――やっぱり待つだけって、辛いものよね」

「フルール様……」

「別にセラフィーナ様も責めるつもりもないの。だって、分かっていて婚約しようって言ったのは私だもの。だけど――たまにね、ほんのごくたまにね。諦めた方が楽なんじゃないかって……」

そう言いながら、フルール様は目尻に涙を溜めた。


私はハンカチを差し出して、じっとフルール様を見つめる。


(未だに、レミアムは私に気持ちがあるってこと?)


レミアムが裏切ったはずなのに。

私ではなくソニア嬢の方が好きになったから、私はユーリ様と手を組んで、婚約を解消したのに。


確かに解消する間、時間がかかったけど。

王命で解消され、ユーリ様と王命で婚約した。

そのはずなのに――。


(あの時、レミアムは何を伝えようとしていたのかしら)


サティスの宮殿で偶然出会った時。

何かを言いかけて、ユーリ様がやってきて。


(そんなはずないわ……)


「――ああ!もう!こんなメソメソするつもりなかったのに!でも聞いてくれてありがとう。セラフィーナ様、ローサ様」

フルール様は何かを吹っ切ったように、顔を上げた。


「――過去は変えようがないですから。でもフルール様の真心はレミアム様に伝わっていると思いますよ」

ローサ様の優しい言葉に、私もはっとした。


(レミアムと婚約を解消して。ユーリ様と婚約して心惹かれて。もう後戻りは出来ないのだから)


ユーリ様の事を愛している。

これが真実で。

今更レミアムに何か言われたとしても。

何も変わらないのだ。


「――私も、そう思います。だから前を向きましょう?フルール様」

「お2人共……ありがとう。これからは愛称呼びしても?」

「構いませんよ」


3人で盛り上がっていたら。ジュリアス様が側にやってきた。


「盛り上がっているところ申し訳ないですが、少しよろしいですか?」

「勿論です、ジュリアス様」

「では、セラフィーナ様、執務室へよろしいでしょうか」


4人で連れ立って執務室に入ると、私専用の机と椅子が用意されていた。

まるで、ユーリ様のとお揃いのように。


「まあ、いつのまに……」

昨日部屋に入った時はなかったはずだ。


「ユーリスから前々から言われていたので、用意してたのですが、中々入れる時間がなくて……昨夜の内に」

「ありがとうございます」

私はお礼を言うと、椅子に腰掛けた。


座り心地はとても良い。


(今後もユーリ様が不在の時は、私がこの辺境の地を守っていかなきゃいけない……)


ユーリ様の妻となる事に対して、責任を伴う事を実感する。


「早速で申し訳ないですが、こちらを……」

そう言ってジュリアス様から手渡された資料に目を通す。


「難民、ですか」

「はい、ユーリスから備えておけと」


(確かに、帝国からの難民の受け入れるとしたら、この地になるわ)


アルファード皇太子の動き方では、首都だけではなく、他の地域も戦火に巻き込まれる可能性がある。

何となくだけどアルファード皇太子は、できるだけ被害を拡大しないように動くだろう。

だけど、相手の出方次第では、非情な手を打つしかない時がくるかもしれない。


(だからジュリアス様をこの地に……)


こういった事が得意なのは、あの中ではジュリアス様だろう。

ユーリ様の配慮と思慮の深さには、脱帽する。


(私も、彼の期待に答えなければ――)


「――今は使われてない家屋はどのくらいですか?」

「そんなに多くはないです。難民の方なはるかに多くなるかと」

「そう、ですか」


とりあえず受け入れる場所を確保するしかないだろう。

実際に避難だけしてくる人もいれば、居をこちらに移す人も出てくると思う。


「――一旦、湖の古城を解放しましょう。移住希望者を優先的に空いている家屋へ。名簿を作って、出来るだけ希望に添えるように。職の問題もあるでしょうから」


「――畏まりました」

私の言葉にジュリアス様は一瞬目を見開いたが、頭を下げた。


「わ、わたしくも手伝います!セラ」

ローサは手を挙げる。

「助かりますわ。きっと人手は沢山いるでしょうから。よろしいですか?ジュリアス様」


「――反対する理由はありませんよ。セラフィーナ様、私のことはジャスと呼び捨てに。私もセラ様とお呼びします」

「では、ジャス。わたくしも、様はいりません」

「――ふふ、ユーリスに怒られるとは思いますが。畏まりました。セラ」

ジャスは私に頭を下げて、にっこり微笑んだ。


「私もしっかり護衛を務めますわ!」

フルールはどんと胸に手を当てると、晴れやかな笑顔を向けた。


「ではまず、古城を準備していきましょう」

ジャスの言葉に動き出した事を、実感するのだった。

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