第4話 シリウスのトラウマ

辺境伯の屋敷は、夜静かだった。


(主人達が部屋に入ったまま、出てこないしな)


想像するだけ野暮だと思う。

他国とはいえ、前線には出ないにしろ、身の安全は保障されたわけではない。


(兄としては複雑だな……)


自他共に認めるシスコンな俺としては、ユーリス殿下がいい男であったとしても、暗い気持ちになる。


(約束、守ってくれてるよな?)


半分は茶化したワケだが。

ユーリス殿下は裏切るとは思えない。


(まったく、いい男すぎる……)


アレに惚れた、我が妹を褒めてやりたい気持ちになってくる。


異動願いを出して、半年。

ようやく国への帰還が許され、父の元で働く事になった。


(まったく、人手不足を盾にしやがって)


中々申請が通らなかった事情は、単純に北のイスリン帝国を警戒して代わりの人が見つからなかったからだ。


(ユーリス殿下にも迷惑かけちまったしな)


快く、配下の影をつけてくれたユーリス殿下。

義弟の間柄になるとはいえ、決断力がいる。


(あれこそ、王の器ってやつだな)


同じような事を、アルファードにも感じてる。

ハリス殿下がいるこの国で、ユーリスが国王になる事は難しいと思っていたが――。


(あの爺さんは先見の目ってやつが、あったのだろうな)


ユーリスの素質を鍛え上げたのも、セラを気に入り、父に王妃教育同様の教育をさせたのも。

全て、あの爺さんだ。


父が尊敬してやまなかった、先王。


(まあ、俺は認められなかったのだけどな)


実は父に連れられて、ユーリス殿下の側近のテストを受けた事がある。

剣術も、語学も、全て一位を取ったのに、俺は選ばれなかった。

あまりのことに、父は爺さんに聞きに行ったぐらいだ。


(まあ、俺の初めての挫折ってやつだな)


そんな事を考えながら廊下を歩いていたら、見知った顔を見つけた。


「レミアムじゃないか」

「シリウス兄さん――あっ。ごめん」


セラと婚約してから、俺を兄と慕い、付き合ってきた。


「いや、兄さんのままでいいよ。俺にとっても、お前は弟みたいなもんだ」

そう言って、レミアムの髪をぐちゃぐちゃにしてやった。


「シリウス兄さんは、相変わらずだね」

レミアムは少し赤い顔をして、苦笑いしている。


「そっか。今はハリス殿下の側近か」

「ああ、うん。そうなんだ。だけど今回から、ユーリスの元へ戻る事になってるんだ」

見間違いかと思うくらいの一瞬、レミアムは暗い顔をした。


(何かあったな……)


俺の直感は外れない。


(こうなったら、吐かせるか)


「久しぶりに飲むか。フルール様は大丈夫なのだろう?」

「ああ――うん」


そう言いながらレミアムは、より一層暗い表情を浮かべた。


2人で酒の肴を見繕うと、食堂に足を運ぶと、

「あ!ズルい!」

チェスターがいて、一緒に飲むことにした。


俺にあてがわれた部屋に3人で入ると、グラスを3つ、テーブルに並べた。

食堂から、何品かつまみをもらってきたチェスターが古酒を注いでくれた。


「これ、美味しいのだよ」

「げっ、強そうな酒じゃねーか」

俺は思わず反論したけど、2人は涼しい顔をしている。


(こいつら顔に見合わず、酒強いのだな……)


これ以上騒いだところでどうしようもないので、乾杯して、適当にやり過ごす事にした。


「――そういえば、レミアム。婚約、おめでとう」

「――ありがとう」

軽い口調で答えると、レミアムはまた暗い表情を浮かべた。


「相手は、フルールでしょう?俺びっくりしちゃったよ」

チェスターはそう言いながら、空いたグラスに酒を注ぐ。


「あの過激なお嬢様か……」

ユーリス達の前で大立ち回りをし、パーティーでは誰よりも先にセラに腰を折った。

セラを認める行為は、パーティーでの雰囲気を一転させ、流石だと思った。


「でも、納得だよ。だって、フルールの初恋はレミアムでしょ」

「「えっ?そうなの?」」

レミアムと、思わず声が被ってしまった。


「うん、アーサーが言ってたから間違いないよ。レミアムに婚約者がいるのを知って――レミアムが王都に会いに戻った時にさ、裏の川で溺れたわけよ。それを助けたのがユーリスで。そこから惚れたって聞いてるよ」

「へえ、そうなんだ。人の縁って、分からないものだな」


セラとレミアムが婚約を解消したことも。

そして、ユーリス殿下と婚約したことも。

なんだか見えない糸というか縁で繋がっているような、そんな気がする。


「やっぱ、爺さんすげぇわ。俺は選ばれなかったけどな」


全てを見通すような目を持っていた先王。

父が憧れてたのも分かる気がする。


「あー、それちょっと違うかも」

「俺も、そう思います」


2人が声を揃えて言うから、俺の方が驚いた。


「僕、サウスナ侯と先王爺ちゃんの会話聞いたことあるだよねぇ」

チェスターは、トロンとした目をしながら言う。


あの時、父はどうしてと爺さんに詰め寄りに行った。

俺はその行動が恥ずかしすぎて、先に馬車に乗って、ふて寝してしまったから、爺さんが何を言ったかは知らないし、聞こうと思ってなかった。


(違うな。怖くて聞けなかっただけだ)


「先王爺ちゃんは、シリウスの才覚に驚いたって。万が一、ユーリスが倒れた時、シリウスもいなくなるのは国にとっても損害だーって言ってたよ」

「僕も――王都に戻る度に、シリウス兄さんやセラの事聞かれたらから、先王様はとても2人のこと、気にかけてましたよ」

「そうそう。だって爺ちゃん、『シリウスなら、いつユーリスと出会っても上手くやれるはずだ』って言ってたもん」

「ぶあはははっ!」


突然大笑い始めた俺を、2人は驚いた表情を見せる。


(なんだ、認められなかったわけじゃなかったのか)


俺の事を考え、そして国の事を考え――。


先王はどこまでいっても、王だった。

それだけ、だ。


「って、チェスター!おい!」

トロンとした目をしてたと思ったけど、チェスターはソファに身を沈め、寝てしまったようだ。


「くすくす、チェスはお酒弱いのに、あんな強いお酒選ぶから」

そう言うレミアムも、トロンとした目をしている。


(コイツもかよ!)


「――シリウス兄さん、僕はずっと後悔してるんだよ。殿下も初恋にも気付いてた。セラもきっとユーリスを好きになるって。今の2人を見てるとね、もっと早く身を引くべきだったのじゃないかって……」

「レミアム、お前ずっとセラの事好きだったのだろ?」

「うん――大好きだった」


(過去形なのだな――)


セラとの婚約解消から半年以上。

王命という逆らえない命令で。

自分の中でケリをつけられるには、短い時間。

その間、コイツはどれだけ葛藤しもがいていたか。


そんな目で見るほど、セラの事愛していた癖に。


「譲れなかったから、ずっと会わせないようにしてた。だけど僕がどんなに邪魔しても、2人は出会ってしまった。そして強く惹かれているのを見て、どうしようもないと思っていても――」


「それなら仕方ないだろ?」

「えっ?」

「好きなものは理屈じゃない。ましてや親が決めたとはいえ婚約者だったのだ。手を離したくないのは当然だろ?――とはいえ、セラを一時期でも苦しめた事に関しては、怒っていたがな……」

「シリウス兄さん……」


でもこんな姿見せられたら……。


(もう怒れやしないじゃないか)


酔わなければ俺に弱音を吐けないほど、追い詰められたコイツを。

俺は無性に可愛く思えた。


「もう部屋に帰って寝ろ。男を2人担いで部屋まで連れてくとか、まじで嫌だからな」

「あはは、兄さんらしいや」

レミアムはそう言うと、ふらふら立ち上がった。


「聞いてくれてありがとう」

レミアムのその言葉に、妙な引っ掛かりを感じた。


(まだ完全に過去形じゃないのかもな)


どれだけセラのことを想っていたか、俺は知っている。

身を引いて、フルール嬢と婚約して。

ユーリス殿下とセラ2人の絆を見せられたとしても。


簡単に気持ちを消化できるほど、アイツの心は器用じゃない。


(もっと泣き言いえば良かったのに……)


燻り続ける想いは残酷で。

アイツ自身を傷つけているのに。


(一度、ちゃんとセラと話した方がいいな――ユーリス殿下が反対したとしても)


側で見ていて、セラが今誰を想っているかなんて、一文瞭然だ。

自分自身で踏ん切りをつけない限り、コイツは傷つき続けることになる。

ましてや2人の側にいることになれば、尚更だ。


ふらふらになりながら、部屋から去っていたレミアムの後ろ姿を見つめながら、俺は深い溜息をついた。

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