第3話 アルファード皇太子の反乱

俺達は、ひとまず北の辺境へ戻ってきていた。

その間に、帝国の様子をヌー達に常に探らせている。


そしてフルールもついてきた。

『ユーリス達が帝国に行ったら、どうやってセラフィーナ様達を守るつもり?』


ルカン達が帝国にいるのは間違いないとして、残党達が残っていない保証がないわけではない。


俺が帝国に行けば、手薄になるのは目に見えていて、フルールの申し出は正直ありがたかった。


「――やはり挙兵したか」

ヌーのおかげでアルファードの動きは、逐一報告がある。


(一気に皇帝の座を取りにいったか)


戦況は五分五分のようだが、アルファードが下準備もなしに動くとは思えない。


「ヌー、悪いが何人かアルファードの元へやってくれ。俺はまだ動けないから」

「うん、もう、手配してる」


(未だ動けないのがもどかしいな……)


シリウスの説得がうまく行かないとは思っていないが――。


(待つだけとは……)


「ユーリ様」

「セラ」


俺の僅かな苛立ちが伝わっているのか、お茶菓子を手にセラが執務室へやってきた。


「皆でクッキーを焼いてみたのです。お口に合えばいいですが……」

そう言って、机の上に焼いたばかりのクッキーを載せた皿を置いた。


頬を赤らめているのを見ると、自分でも作ったようだ。

少し歪な形をしているのが、ほっと安堵させる。


「こっちに来て?セラ」

ゆっくり隣に座るセラを抱きしめた。


「ありがとう――そしてごめん。苛々してるのが分かっているんだろう?」

「――待つだけって、辛いでしょうから……」

セラは柔らかく笑う。


(本当にセラは――俺には勿体無いくらいだ)


そう思いながら、唇を重ねる。

柔らかく、温かく、甘い。


ずっとそうしていたいけど、名残惜しそうに唇を離した。


「――必ず戻ってきて下さい」

震える声でセラは言う。


(泣かせてしまったか……)


「ああ、必ず。生きてセラの元へ戻ってくる」


帝国で何があるかは分からない。

戦場になっている以上は。


「――街の方に何もなければいいですが」

「そこは、アルファードの事だ。配慮しているはずだ」


出来るなら無血で終わらせたいと思っているはずだ。

だが相手が抵抗した場合、あいつは非道なこともやるだろう。


(そのくらいの覚悟をもって、挙兵しているはずだ)


関係ない一般市民を、巻き込むような下手を打つ気はないだろうとは思うが――。


コンコン。


扉をノックする音に、セラは身を離すと、真っ赤になっている顔を両手で隠した。


「良いかい?」

こくりと頷くのを見て、俺は入室を許可する返事をする。


「ユーリス。国王からの使者が来ました」

ジャスの言葉の後、中に入ってきたのは――。


「――レミアム」

「ユーリス殿下。国王からの密書です」


そう言いながらレミアムはセラに一瞬だけ目をやると、俺に手紙を差し出した。


封蝋は黒。

機密扱いで、急を要する時の色だ。


「――父上から許可が出た」

急いで開けてみると、許可する旨の内容が書いてあった。


「但し、お目付役として僕がついていきます。あくまでも諜報活動のみですよ、ユーリス」

レミアムは念を押すように言うと、柔らかく微笑んだ。


「分かってる」

表立って動かないように、手紙でも念押しされていた。


手紙の最後の一文に、俺は驚いた。

『怪我なく帰ってこい』


(あの父上からの手紙とは思えないな)


常に何を考えているか分からない、父上。

だが、筆跡は間違いなく父上のものだ。


「――明日の朝一に出る。準備してくれ」

「承知しました、ユーリス」


ジャスは不測の事態が起こった場合に備えて、辺境にいてもらうことにしている。

チェスとアーサー、シリウスは俺の共に帝国へ行く。


「レミアムも――フルールもいる。1日ゆっくり過ごせ」

「――わかりました、ユーリス」


ジャスとレミアムはそう返事すると、部屋を出て行った。


「ユーリ様……」

青白い顔をしたセラが、俺を見つめている。

2人がいる時には、表情に出すのも我慢もしていたのだろう。


「――大丈夫だ。父からも前線に立つのではなく、あくまでも裏から支援しろと言われている」


表立って動けば、万が一アルファードが倒れた時に、大問題になる。

アルファード側が負けるとは思えないが、国を揺るがす事態になる事は、俺も望んでいない。


「――絶対に帰ってきてください」

「当たり前だ。まだセラとの結婚出来てないのに、簡単に死ねるか」

「ユーリ様……」


潤んだ目で見つめられて。

俺は力強くセラを抱きしめた。


「セラ――義兄上に言われてるから最後まではしないけど……セラに触れていいか?」

「えっ」


俺の言葉の意味を理解したのか、真っ赤に染まった顔でセラは俺を見つめている。

こくりと頷くのを確認してから、もう一度抱きしめた。


「寝室に行こう」

セラの手を引いて夫婦の寝室に入ると、もう一度抱きしめてから、ドレスを脱がせていく。


背中の火傷――レミアムにつけられたという痛々しい痕にも口付けて。


「ユーリ様……」

「敬称つけないで。名前を呼んで?セラ」

「あっ、ユーリ……」


唇を塞ぎ、散々啼かせて。

俺達が夕食も取らずに眠りについたのは、夜更けすぎだった――。

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