第2話 国の思惑
ヌーさんは、ユーリ様の後方に立ったまま待機している。
こういう時の嫌な予感って当たると思っている。
ユーリ様をじっとみつめていたら、彼はにっこり私に笑いかけて引き寄せて、耳元に口を近づけた。
「アルファードが国境を超えたあたりで、殺されかけた」
ユーリ様の言葉に、私は動揺しないように努めて表情を作る。
こんなめでたい席で話す事ではないから。
側から見れば、2人頬を寄せ合って囁きあっているようにしか見えないだろう。
一国の皇太子が殺されそうになるなんて、只事ではない。
下手をすれば国際問題になる。
「ご無事なのですか?」
「アルファードはそう簡単には死なないだろうよ。ただビオレスが怪我したそうだ」
ユーリ様は一瞬だけ厳しい顔つきをして、私に向き合う。
「どうやらルカンが関わっていそうだ」
「えっ」
あの時、アルファード皇太子が追い詰めたが、逃げられたといっていた、ルカン=グッテイス公爵。
しばらく動きがないと思っていたが――。
「こちらの国では騎士団に指名手配されている。恐らくフーリーに渡ったのだろうな」
そう言うとユーリ様は、溜息をついた。
フーリー帝国は、国交がないわけではないが、あまり友好的な付き合いはしていない。
しかも今の皇帝はとても野心的で、表面的には付き合いはあるが。虎視眈々とこちらに攻め入る機会を伺っているという。
「――一国の皇太子の側近に怪我をさせたといえば、つけいる隙を与えてしまうだろうな。アルファードは友好的な付き合いはしているが……」
「行かれるおつもり、ですか?」
「――俺以外に適任はいないだろう?」
ユーリ様は、にっこり微笑むと私の頬に触れた。
「――そんな不安気な顔をするな。穏便に済ませてくるだけだ――それにアイツには借りがあるからな」
「いけません、ユーリス殿下」
いつからそこにいたのだろうか。
私達の背後に、チェスター様のお兄様が立っていた。
「あれ、アラン兄上?」
チェスター様は食事していた手を止めると、テーブルを挟んだこちらまで歩いてきた。
「父の名代ですよ――事情があって王都の式には行けませんでしたからね……あと、お前の様子を見に」
そう言って、チェスター様の頭を撫でた。
「――聞いていたのか」
「まあ、そういう仕事しておりますので」
特に悪びれた様子もなくアラン様が答えると、ユーリ様の周りの空気が一気に下がっていく。
「――事態は考えておられるより深刻です。あちらに行かれるおつもりなら、まずお父上にご相談を」
アラン様の言葉に、ユーリ様は小さく舌打ちする。
「――お前は友を見殺しにしろと?」
「そうは言っておりません」
2人の間は、ますます険悪な雰囲気が漂っていく。
「――場所を移しませんか?こういった場所で話すことではないかと」
私の提案に2人の緊張は解かれ、ほっと安堵する。
「それもそうだな。用意されている私達の部屋へ行こう」
リリー達に中座することを言いに行くと、私達はカイル様の屋敷の一室に用意された部屋へ向かう。
中に入ると既に、ミーさんがいて各々に紅茶を手渡した。
「――それで?」
「我々もルカンの行方は追っていたのですよ。そしてフーリーに逃れ、そして皇帝側についたようです」
アラン様は、椅子に座るが否や淡々と説明していく。
(アルファード皇太子は、実の父に命を狙われているということ?)
「――フーリー帝国の親子仲は最悪だからな。アルファードも父に取って代わろうとしているのがバレていたということだな」
「――貴方ならどうします?ユーリス殿下」
アラン様の問いに、ユーリ様は目を細める。
「俺なら、皇帝に打って出るな」
「――だからこそ慎重にと申しているのです。一国のトップが変わろうとする時に他国の我々が、第2王子である貴方が気軽に参加出来ないのはお分かりでしょう?」
「――分かっているが、奴には借りがある」
「それにうちの国の公爵が、手を貸しているとなれば――介入する余地はあるのでは?」
ジュリアス様は冷静な目でアラン様を見ると、アラン様は溜息をつかれた。
「――はあ、分かりました。私が国王に進言しましょう。ですから勝手に動かないように。いいですね?」
「俺も行こう。正直言って、今の皇帝よりもアルファードについた方がこの国にとって利益であると説明してくるわ」
お兄様はそう言って腰を上げると、ユーリ様に手を振った。
「――助かります、義兄上」
「殿下に兄上って言われるとこそばゆいけど――承知した。アルファードを引き合わせたのは俺なわけだし」
そう言うと2人は、一礼して部屋を出て行った。
「――今更、何故干渉してきたのでしょうね」
ジュリアス様は溜息まじりに呟く。
「さあな――そこを含めて、義兄上が探るつもりでついていったのだろう」
ユーリ様はそう言うと、私に手を差し伸べる。
「ユーリ様、お兄様の事、信用してくれるのですね」
「当たり前だ。セラの兄というだけじゃなく、唯一無二といっても良いほど、優秀な男だからな――さあ、パーティへ戻ろう。2人が王都に向かうだけでも時間かかるからな。リリー嬢の幸せな顔を見てるセラが見たいし」
私は少し顔が赤くなるのを感じると、ユーリ様の手を取る。
「はあ――ほんと馬鹿ップルね……」
フルール様の呟きが、ぼそりと聞こえたのだった――。
******
「何を隠してる?アラン」
王都に向かう馬車の中。
目の前に座るシリウスは、表情1つ逃さないというような目をしている。
常に学園でも成績優秀で、隙のない男だ。
だが、まだ知られるわけにはいかない。
「――俺からは何も言えない」
「ぶはっ、相変わらず固い男だね」
シリウスは腹を抱えて笑っている。
「――シリウスは相変わらずだな」
王宮で顔を合わせるのが、ここ最近は増えた。
学園を去って以来、フーリー帝国の副大使として再会するまで、何があったかはわからないが、大人びた顔つきをするようになったと思う。
シリウスは何処へ行っても、輪の中心にいて、皆から慕われていた。
ジュリアスと共にクラスメイトだったが、眉目秀麗で異性からの人気も高かった。
だけどシスコン気味で、特定の人とは付き合わず異性からやや引かれていたことは今では良い思い出だ。
(何を考えているか、読めない奴だからな……)
「なんで今更、ユーリス殿下の行動を制限する?今まで中央は放ったらかしだったのに」
「……」
「――はあ、何も言えないのは分かってるが、ちょっと気になってね」
「――何故気にする」
「俺の大事な妹の夫になる奴だからな」
そう言いながら、シリウスは窓の外に目を向けた。
「悔しいがいい男だよ。セラが惚れるのも分かる」
「よく反対しなかったな」
「父が反対しなかったからな。それに実際、ユーリス殿下なら何があってもセラを守り通すだろうからな」
「――アルファード皇太子は、どんな奴だ?」
「ユーリス殿下と似たタイプだな。そう言えば、アランには分かるだろ?」
(つまり皇帝の座に相応しいということ、か)
ユーリス殿下にしても、シリウスにしても、アルファード皇太子を好意的に見ている。
今の北の皇帝より、国同士の関係性はマシになるかもしれない。
「アルファードが立てば、帝国は変わる。それは断言できるかな」
シリウスは真摯な目で俺を見つめていた。
「つまりここで恩を売っとけと?」
「そんな打算もないわけではないけどな――ユーリス殿下との相性も良い。今よりだいぶマシになるだろうよ」
「――分かったよ。父を説得する」
「話が早くて助かるわあ。さすが友だな」
シリウスは笑顔を浮かべて、俺に手を出した。
「絶対にアランが不利になるような事はないよ」
「――分かってる」
シリウスは負ける勝負はしないタイプだ。
俺は差し出された手を握ったのだった。
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