第1話 リリーとカイルの結婚式

とてもよく晴れた日。

カイル様の領地で行われた結婚式は、とても賑やかで、和やかだった。


騎士団長でもある父の知り合いが多く集まったのは王都での結婚式で、領地では私たちや、騎士団のカイル様の同僚達、この地の領民達が集まったからだ。


ジュリアス様やチェスター様は、何故か騎士団の若手達から慕わせており、こちらに来るのがくじ引きになったらしい。


アーサー様は辺境の地で任務にあたっており、こちらにはユーリ様、ジュリアス様、チェスター様、ローサ様が一緒に来ていた。


アルファード皇太子は、『君達いないと暇だから』と、ご自分の部隊を半分にこちらに置いてフーリー帝国に戻っている。


「セラ」

「ユーリ様」

王子様の正装に近い煌びやかな衣装を身につけたユーリ様はとても素敵で。

出席している女性陣達や、カイル様の屋敷の女性の使用人達は顔を赤くして見ている。


(嫉妬しても仕方ないのだけど……)


ユーリ様が浮気なんてしない事はわかっていても、なんだかモヤモヤしてしまう。


「――そんな顔しないで」

私の感情が顔に出てしまっているのか、はたまたちょっとの違いを見抜いてしまう人だからか。

私の耳元でそう囁くと、腰に回す腕をぐっと力を込められた。


きゃーという女性陣達の黄色い声と、生暖かい目で見られている感覚と。


(は、恥ずかしい……)


距離感がゼロに近い今の状態は、とても私の心臓に悪い。

この後の、ユーリ様は私の耳元で、まるで周りを牽制するように『セラがこの中で1番綺麗だよ』とか『俺にはセラしか見えてない』とか、甘々な台詞をどんどん囁いている。


私は真っ赤な顔をして、身を硬くしているのが精一杯だ。 


「――相変わらず、ベタベタしてるわね」

「フルール様!」


助け舟のようにやってきた、フルール様の元へ行こうとするけど、ユーリ様の手によって阻まれてしまった。

そんな私達を見て、フルール様は呆れたように溜息をついた。



「なんだ、来てたのか」

「ユーリスもセラフィーナ様も久しぶりね。一応、父の名代よ」


南の辺境伯となった、王弟であるフルール様のお父様は、王都での結婚式には出席しなかったらしく、この地の結婚式にフルール様を代役として、出席させたらしい。


辺境伯という仕事柄、騎士団とは切っても切れない縁があり、カイル様のお父様とも仲が良いらしい。


「――レミアムはどうした?」

「なんだか、仕事が忙しいらしくて……」


フルール様はそう言うと、大きな目を伏せた。


(あまり上手くいってないのかしら?)


フルール様の表情に漠然とそう感じたけど、私が口にしてはいけない事のように感じた。


「そうか」

ユーリ様はそう言って微笑むと、同じテーブルにつこうと提案している。


レミアムとは密に連絡を取り合っているユーリ様。

事情は分かっているようだ。


そのまま同じテーブルにつくと、フルール様はジュリアス様とローサ様を見た。


「ジュリアスも婚約して伯爵になったのね、おめでとう」

「フルールは、相変わらずですねえ。王都での生活は慣れましたか?」

ジュリアス様は穏やかな口調でそう言うと、ローサ様に料理を取り分けたりと、細やかに動いている。


(ジュリアス様は、本当にローサ様しか目に入ってないから……)


ローサ様は、そのまま辺境伯の屋敷に住まいを移した。

ジュリアス様達と同じ階、隣同士の部屋になっており、四六時中ローサ様の側にいるようだ。


そんなローサ様は何故か、私の侍女を希望していて、ジュリアス様から中々許可が出ないという困った状態になっている。

だが何もしないと落ち着かないと、ローサ様は少しの時間、厨房で働いているようだ。


(今まで我慢していたのが爆発したっていうのが、ユーリ様の意見だったけど……)


確かに、ローサ様は美しくて。

社交界にデビューするや、一躍人々の視線を攫った人であるとしても。

常に牽制しとかないと気が気じゃない気持ちも、分からないではないけど。


(ローサ様はどう思っていらっしゃるのかしら)


ちらっと横目でローサ様を見つめるけど、頬を赤くし、ジュリアス様を見る目は、乙女の顔だ。


(好きである事に間違いはないでしょうけど……あとで少しお話しした方がよいかしら)


「――あんた達、よくこんな暑苦しいの2人もいて、悠長に食事なんてしてられるわね」

「まあ、兄としての気持ちは複雑だけど、慣れかな」

「そうそう――1日中こんな感じだから」


フォローしているのかしていないのか、よくわからない台詞を吐きながら、お兄様とチェスター様は優雅に食事をしている。


でもジュリアス様とローサ様を見ていると、そうなのかもと思ってしまう。


(確かに、ユーリ様は暇さえあれば私の元へ来ているけど……)


実際彼は忙しくしており、あまり長い時間は一緒にはいられない。

今回の旅の直前まで、ユーリ様は仕事をしており、アルファード皇太子が残していった黒塗りの馬車の中でやっとお休みになられたくらいだ。


(その隙間を埋めるように、ひっついてこられるわけだけど……)


いかせん、人々の視線が痛い。


「セラ!」

「リリー!」

各テーブルを回っていた、花嫁衣装を身につけたリリーとカイル様。

私達の席にやってくると、眩しい程の笑顔を向けられた。


「どう?楽しんでくれてる?」

「ええ、リリー。お料理もとても美味しいわ」


まだ数口しか手をつけていないけど、とても丁寧な仕事をされていると思う。

王都での結婚式を仕切っていたのは、カイル様のお母様のようだから、リリーが動いたのはこちらの結婚式だという。


「ふふ、良かった。この衣装も、ラミア商会で無理言って作ってもらった甲斐があったわ!」

そう言ってくるっと回ってみせると、ドレスの裾がふわっと広がり、とても素敵だ。


デザインは私達もアイデアを出したが、ほぼラミア様のデザインである。


「――いいドレスだな」

ユーリ様は唸るような声を出して、リリーの衣装を見つめている。


「次は、セラね」


私達の結婚式は、あとほぼ3ヶ月後。

リリーとお揃いのように作ってもらっているドレスも、もうじき出来上がる頃だ。


「王都と北と、どちらでもやるのでしょう?」

「ええ」

「ふふ、楽しみね!」


リリーとカイル様は、私達に手を振って次のテーブルへと移動していった。

入れ替わるようにやってきたのは、騎士団の若者達の団体だ。


「「師匠!」」

「なんで、こんな面白い事になってるの?」

お兄様は、師匠と呼ばれるジュリアス様やチェスター様を目を細めて見ている。


「んー、サティスの街での稽古の時、ちょっとやりすぎた感はあったんだよね……」

チェスター様は、そう言いながら鼻の頭をかいている。


「「手合わせをお願いします!」」

「こんなめでたい席で、剣を振り回すのはちょっと……」

チェスター様は少し顔を歪めて、制そうとしている。


「そうだぞ、お前達。カイルの面目を潰すつもりか?」

「そ、それは……」


騎士団の若者達は、みんな下を向いてしまった。


「よし、じゃあ飲み比べ勝負といこうぜ」

「お、お兄様!?」


私が慌てて止めると、お兄様は私に向かってウィンクした。


(お兄様はお酒は滅法強くて、いわゆるザルよ!こんな若い人達に……)


私の心配をよそに、皆でわいわいとお酒を注ぎあっている。


「あら、面白そう。じゃあ私も――」

「フルールは駄目だろ」


ユーリ様が止めると、フルール様はちっと舌打ちをした。


(あれ、フルール様って本来そういった方なのかも)


サバサバしていて、ハッキリものを言うタイプ。


(前よりも仲良くなれたら良いのだけど……)


そんな事を考えていたら、執事服姿のヌーさんが現れて、ユーリ様の耳元で何か呟いた。

途端にほんの少しだけ眉を顰めた。

普段から、ユーリ様と付き合いがない人は気づかないレベルで。


(何かよくない事が起こってる……)


その少しの変化で、私は良くないことが起こっている事を悟るのだった――。

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