幕間1 出会いの色

水面に映るのは、古城。

ある晴れた日、草原で寝そべっていたら、泣いている女の子を見つけた。


(女は面倒だ……)


子供ながら、扱いが困ると思ってしまう。

しかも泣いている子なんて、フルールを見ていたら面倒な事このうえない。


(無視しよう……)


だけど泣き声は、なりやむ気配はない。

俺は溜息ついて、女の子に近づいた。


「どうした?」

我ながらぶっきらぼうな言い方だ。


女の子は顔を上げた。


(なんて綺麗な瞳なんだ)


翡翠色の瞳は大きく見開かれている。


「お兄ちゃん、とっても綺麗ね」

女の子はそう言うと、泣くのをやめた。


(俺が綺麗だって?)


どうしてそんな事をいうのか。

俺は忌み嫌われている存在なのに。


「――男に綺麗なんて言うの、おかしくないか?」

俺がそう言うと、女の子は目を見開いた。


「そう?どこの国に行っても綺麗なものは綺麗よ?」

さも当たり前の事に。

きょとんとした顔をして、女の子は言う。


女の子の長い白銀の髪が、風で揺れている。


(綺麗なのは、お前もだけどな)


俺はより幾つかは年下だろう、女の子。

お人形のような綺麗な顔立ちは、きっと将来美人になるだろう。


(そんな事考えてもどうしようもないけどな)


俺がこの子にもう一度会える保証なんてない。


常に命を狙われている俺に、明日は来ないかもしらないから。


「――なんか、ごめんね?」

女の子はしゅんとした顔をしている。


「なんで、お前が謝る」

「だって、お兄さんとっても悲しい顔をしたもの」


(俺が?感情が表に出てた?)


お祖父様から徹底的に、感情のコントロールを教えられて、ごく一部の人間にしか俺の表情は読み取れなくなっているはずなのに。

 

(こんな小さい子に読まれるなんて――)


こんな事知られたら、お祖父様から何言われるか分かったもんじゃない。


俺は思わず辺りを見回した。

誰も近くにいない事にほっとし、女の子の隣に座った。


「――お前、なんでこんなところにいる?」

「んと、お父様とお兄様ときたの。外で遊んでおいでって言われてもレミアムと出て来たんだけど、はぐれちゃって……」


(レミアム――あいつの知り合いか)


お祖父様が気に入り、俺の側近になるべく勉強させられている。


(そう言えば、あいつは頻繁に王都に戻ってるな)


婚約者に会う為とか、言ってた気がする。


(まさか、この子が?)


そう考えたら、ちくりと胸が痛んだ。

得体の知れない感情が、俺を支配する。


胸がざわつき、落ち着かない。

だけど、離れたくもない。


(これは何なんだ……)


初めての感情。

俺はこんな感情知らない。


『訳の分からない奴』

『そんな言い方失礼じゃない?』


思わず西の国の言葉で言ったことを、女の子は正確に理解して返してきた。


「――これは驚いた」

「西の国は、昨日行ってきたところだもの」


こんな歳で、よその国の言葉を覚えて操れるなんて。


(これこそ才女だな)


もっと成長すれば、彼女はきっと名を馳せることになるだろう。


(見てみたいと思うのは、なぜだろうな)


きっと綺麗になるだろう。

そんな女の子を見てみたい――。


(俺が未来を夢見るなんて……)


彼女に関わっていけば、俺は未来が明るく輝いて見える気がする。


(もっと話していたい……触れ合ってみたい)


そんな欲望が俺の中にあるなんて――。



「セラー!」

遠くで、聞き覚えのある声が聞こえる。

途端に現実が戻ってきた気がした。


「レミアムだ!」

女の子は、さっきまで泣いていたのかが嘘のように、笑顔になった。


その笑顔は、とても可愛くて。

俺はつい見惚れてしまう。


「じゃあね、綺麗なお兄ちゃん」

「ああ」


彼女は俺に手を振り、レミアムの元へ走って行ってしまった。


俺は去っていく彼女の背中を見つめて、レミアムと仲良く手を繋いで城の中に入って行った光景を見ていた。


途端に色褪せていく景色。

さっきまでは、あんなに色とりどりに輝いて見えていたのに。


俺は、彼女が去っていった芝生をしばらく見つめていた。


あれがレミアムの婚約者だと思うと、妙に胸がざわつく。

どうしてそう感じるのか、俺には分からない。


「ユーリス、どうした。惚けた顔しよって」

俺の親代わり。

お祖父様が、ニヤけた顔して側にいた。


(いつの間にいたんだよ……)


神出鬼没で自由な祖父。

俺は、いつも何もをしても負かせている。


「別に」

俺は立ち上がり、お祖父様に背中を向けた。


この胸のざわつきの正体がわからぬまま――。


「おほっほっ。これは――ひょっとしたら、ひょっとするのかのお」

お祖父様の声は、とても楽しく弾んでいて。


この時は、何を意味しているのか分からなかったけど。



まさかその言葉を、こちらに戻ってきたレミアムが聞いていて青ざめていたなんて。


数年後に出会う彼女が、この出会いを覚えていないなんて。


この時の俺は、何も知らなかったのだった――。

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