エピローグ


「もうやめるんだ、ルカン」

領地に戻り、体制を立て直すつもりで、父上に相談しに行ったのは間違いだったのかもしれない。


(まさか俺のやろうとする事を止めようとするとは)


今回のセラフィーナ嬢の誘拐は失敗。

逃げる最中で、執拗にフーリー帝国のアルフォード皇太子に追いかけられる羽目に合い、何人かの影達を犠牲にして此処まで辿り着いたというのに……。


領地内にある隠れ家に、父上を呼び出したまでは良かったが……。


(父上は歳を取られた……)


ギラギラした野望に満ちた目をして、威厳に満ちていて。

傲慢さと、それを実行するだけの力を備えていた公爵は、もうどこにもいないのだと思う。

白髪が増え、皺くちゃになった顔は、いつも恐れていた父上の面影はなくなっていた。


「――今更、止める事なんて出来ませんよ」

俺の答えに、父上は苦虫を潰したような顔をする。


既に、第2王子の婚約者を誘拐した罪で騎士団に手配をかけられている。

巻き返しを図る為にも、父上に相談したかった。

なのに――。


(もう既に手遅れなのですよ、父上)


ユーリス殿下の宝物とでもいうべき、セラフィーナ嬢を誘拐した時点で、この国の俺のキャリヤは終わったに等しい。

今更どんな顔をして、王宮へ出向けるというのか。


王妃様が幽閉を解かれ、実権に返り咲けば。

まだ終わりではない。


同じ血縁でもユーリス殿下と仲の良いハリス殿下は、あてにならない。

妹を断罪し、父を引退に押しやったのは彼だ。


(血縁なんて、頼るもんじゃない……)


父上にしてもそうだ。

あのギラギラとした目を見て、俺は幼い頃、こんな強い人になりたいと憧れていたこそ、西の国に留学し、親戚の元で過ごしていたのに――。


(全ては無駄だった……)


「――くっくっ、父上。俺を勘当して下さい」

「ルカン!何を!」

「もう、この国に、家に縛られるのは嫌なんですよ」


グッテイス公爵家を1番に考え、動いてきたのは父上だ。

だから王妃の好きにさせていた。

その結果が、これだ。

実の妹にも好き勝手にされた。

もう、人のせいで泥を被るのは散々だ。


「――俺は、俺の好きなように生きます」 

「ルカン!考え直せ!今ならまだ儂の力で!」

「言ったでしょう。もう手遅れなんですよ」


俺は目を伏せて、冷たい目で父上を見た。


肉親の情なんて湧くわけない。

今まで俺を放置していたのは、父上だ。


「さよなら、父上。恐らくもう会う事はないでしょう」

そう言うと、俺は隠れ家を後にした。


最後に見た父上は、少し泣いているようにも見えた。


(あの人にも、野心以外の感情があったんだな)


そんな実の父を冷めた目でしか見れない俺は、どこか壊れている気がした。


「ルカン様」 

声をかけられて立ち止まると、黒装束の男が1人、立っている。


(ここ最近、俺の報告係をしていた奴だな)


声に聞き覚えがあった。

影達は、俺に顔を見せる事ない。

だが、この男は俺に素顔を晒した。


「私に表の仕事を手伝わせて下さい」


どうしてこのタイミングで、そう声をかけてきたのか。


(ユーリス殿下か、アルファード皇太子の手先か?)


怪しむ俺の前に、魔術契約書を出してきた。


「――これでも信用できませんか?」

男の頬には、大きな剣傷があった。

かなり古い傷のようだ。


(ん?この顔、見覚えが……)


だがいつ出会ったのか、まったく思い出せない。


だが手先になるような者達が少なくなっており、侍従のような事をしてくれる人も、俺の周りにはいなかった。


「――申し出はありがたいが、泥舟に乗るようなもんだぞ」


この先の事なんて分からないが、決して今までのような裕福な暮らしは出来ないだろう。

闇に潜り込んで生きる他ないのだから。


「構いません」

迷いない返答に俺の方が驚いた。


「――くっくっ、酔狂な奴だな。名は?」


(だがこういう奴、嫌いじゃない)


「――クリス、クリス=ギルティと申します」

男が自分の名を言うと、魔術契約書が光出す。

これが本当の名だと知らしめるように。


「分かった。ルカンの名で契約しよう」

俺が契約書に触れるか触れないかの距離で手をかざすと、光は淡くなり消えていった。


「契約、成立です」

クリスはそう言って、頭を下げた。


「ああ、よろしく頼む」

「――どちらへ向かわれますか?」

「そうだな……」


アルファード皇太子の顔が、頭を横切る。

俺を執拗に追いかけてきた強者。

奴を破滅させるのは、悪くないかもしれない。


北の帝国は今代の皇帝が愚王で不安定だ。

皇太子である奴につけいる隙が多そうだ。


そしてことが終われば、西の国へ向かい裏社会で生きていけばいい。


「――フーリー帝国へ行く」 

「御意」




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