第14話 ハリスの思惑とフルールの心

僕は国王様の隊列に紛れて、王都へ戻ってきた。

行きは馬を潰してまで走った強行軍だったが、帰りはゆったりと馬に乗り戻ってきた。


その足でそのまま、ハリス殿下の執務室へ向かう。


夜の闇が近くなったら頃でも、殿下は執務室でまだ仕事をされていた。


「レミアム、お帰り」 

安心したようにハリス殿下は微笑み、チルディア様にお茶を淹れるように命じると、僕をソファ席へ座らせた。


「ルカンに会ったんだって?」


(ハリス殿下は早耳だな――)


「はい。アーチェ様の葬儀に参加しておりました。あと、これをユーリス殿下から預かっています」


僕が手紙を手渡すと、

「ユーリスからの手紙なんて、何年振りだろうね」

そう言いながら封を開けると、くすくす笑い出した。


「ユーリス、怒ってた?」

「はい、かなり」

「これは次に会う時には、なにか用意せねば」


嬉しそうに微笑むを見て、やはり2人は仲が悪いわけではないと思う。


「それで――悪いけど、レミアムにはもう少し、王宮にいてもらうよ」

「えっ」


まさか、ユーリスの元に戻る事に難色を示されるとは思ってなかった。


「言い方が違うな――ユーリスの元に戻る事に反対しているわけではないんだ。だけど、君はもう少し王宮でのやり方を勉強してもらいたい」

「それは、どういう――」

「悪いけど、今はこれ以上は言えないんだ」


(ハリス殿下が、今は言えないと言えば、僕はこれ以上聞けない……)


「そのうち分かるよ」

そう言うと、チルディア様が入れた紅茶を一口飲む。


(何やら思惑があって、僕を王宮に留めていたい……という事か)


「はい……」

僕は頷くと、紅茶を口をつける。


「ルカンは――長期休暇を父親経由で申請してきた」

「それはどういう?」

「北の辺境で姿が目撃されてから、行方知れずだ」


(まさか――)


いや、あり得ない。

アイツは、自らの目的の為なら、何でもやるやつだ。

志し半ばで、断念するとは思えない。


「セラフィーナ嬢を誘拐して、その後、王都に戻ってきてないんだ」

「セラを?!」


僕は思わず立ち上がった。

机の上の茶器が揺れる。


「まあ、落ち着いて――セラフィーナ嬢は、ユーリス達の手で助け出させている。安心して良い」

「そう、ですか……」


僕は身体の力が抜けたように、椅子に再び腰かけた。


(僕が心配したところで、どうしようもないのに――)


遠く離れた地で。

何もできない自分が歯痒くて。


「――焦ったところで仕方ない。迎え撃つためにも準備ができると思えば良い」

「殿下?」


ハリス殿下の言っている事が、よく理解できなかったが――。


(一体何をお考えです……ハリス殿下)


「――ハリス殿下、ミラ様がそろそろ食事をどうかと」

「もうそんな時間か――レミアムも食べて行くか?」

「いえ――一度家に戻ります。明日は通常通り登城しますので……」

「1日くらい休暇を取ったらどうだ?行く前よりは、すっきりとした顔で帰ってきたが――疲れた顔してるぞ」

「いえ、大丈夫です」


僕の言葉に、ハリス殿下は苦笑いを浮かべた。


「まあ、考えすぎるくらいなら、働いていたほうがマシか。だが無理するなよ。ユーリスに怒られる」

「――承知しました」


僕は頭を下げてハリス殿下が執務室から出て行くのを待ってから、部屋を出た。

人気のない宮殿の廊下は、寒々としていて、身体が冷えて行くのを感じる。


「――レミアム!」

薄暗い王宮の入り口で、フルールが立っていた。


「フルール、何故ここに?」

「ハリス殿下から、今日戻るって聞いていたから」 


にこにこ笑う彼女の素直な笑顔が眩しくて。

僕は思わず目を細めた。


「――もう時間も遅い。屋敷まで送って行くよ」

僕がそう言うと、2人で連れ立って馬車まで歩く。


「みんな、元気だったかしら」

「うん、それなりに、ね」

「そう」


当たり障りのない会話。

だが下手に突っ込まれて聞かれるより、僕には心地良かった。


「――レミアム、馬車までで良いわ」

「えっ?どうして?」


フルールは歩くのをやめて、僕に向き直った。


「――無理しなくて良いのよ。あの2人に会ったのでしょ?」


アーチェ様の葬儀で、ユーリスとセラが並ぶ姿はとても似合っていて、僕は近づけなかった。

2人の間に微妙な空気は流れていたようだったけど、今頃は仲直りしていると思う。


(ユーリスが思った以上に、溺愛してるから……)


きっと、セラは気づいていないだろうけど、ずっとユーリスの側にいた僕たちには分かってる。

執着に近い感情を抱いている。


(きっと何が起きても手放さないはずだ)


それが僕にとっては残酷な現実でも、セラにとったら幸せな事かもしれない。


「ちゃんと整理つくまでは、時間はかかるものよ?私はそれでも良いから」

フルールは少し困った顔をして微笑んでいたけど、ぎゅっと僕の手を握った。


「――だからいつか、私を見て。長い人生の中で区切りがついてからでいいから」

それだけ言うと手を離し、フルールは馬車に乗り込んだ。


「しっかり休みなさい。疲れた顔、してるわ」

「――ありがとう。いつも君に救われる」


そう言って、フルールに笑顔を向けると、彼女は途端に顔を真っ赤にした。


「そ、それじゃあね!」

手を振り、馬車の扉が閉まると、ゆっくりと走り出していく。


(区切りがついたら、か)


いつになるか分からない。

だけど――。


「踏ん切りつけなきゃ、な……」


僕の言葉は風にかき消された――。

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